広島市長・秋葉忠利さんの2002:8:6平和宣言は正論です。国民は、いや、世界中の人々は熟読して実践すべきです。私の掲示板やネット友人のBBSでもこの秋葉宣言に賛同する意見が木霊しています。(2002・初秋)
私は最低でも来年の夏まで、この宣言全文をここに転載します。平和への祈りや建設は真夏の選売品ではありません。この宣言を読まれての感想は随時、受けつけます。BBSでもメールでも結構です。お寄せ下さい。

広島市長・秋葉忠利さんの2002:8:6平和宣言

57年前、「この世の終り」を経験した被爆者、それ故に「他(ほか)の誰(だれ)にもこんな思いをさせてはならない」と現世の平和を願い活動してきた被爆者にとって、再び辛(つら)く暑い夏が巡ってきました。

一つには、暑さと共に当時の悲惨な記憶が蘇(よみがえ)るからです。

それ以上に辛(つら)いのは、その記憶が世界的に薄れつつあるからです。実体験を持たない大多数の世界市民にとっては、原爆の恐ろしさを想像することさえ難しい上に、ジョン・ハーシーの『ヒロシマ』やジョナサン・シェルの『地球の運命』さえも忘れられつつあります。その結果、「忘れられた歴史は繰り返す」という言葉通り、核戦争の危険性や核兵器の使用される可能性が高まっています。

その傾向は、昨年9月11日のアメリカ市民に対するテロ攻撃以後、特に顕著になりました。被爆者が訴えて来た「憎しみと暴力、報復の連鎖」を断ち切る和解の道は忘れ去られ、「今に見ていろ」そして「俺の方が強いんだぞ」が世界の哲学になりつつあります。そしてアフガニスタンや中東、さらにインドやパキスタン等、世界の紛争地でその犠牲になるのは圧倒的に女性・子供・老人等、弱い立場の人たちです。

ケネディ大統領は、地球の未来のためには、全(すべ)ての人がお互いを愛する必要はない、必要なのはお互いの違いに寛容であることだと述べました。その枠組みの中で、人類共通の明るい未来を創(つく)るために、どんなに小さくても良いから協力を始めることが「和解」の意味なのです。

また「和解」の心は過去を「裁く」ことにはありません。人類の過ちを素直に受け止め、その過ちを繰り返さずに、未来を創(つく)ることにあります。そのためにも、誠実に過去の事実を知り理解することが大切です。だからこそ私たちは、世界の大学で「広島・長崎講座」を開設しようとしているのです。

広島が目指す「万人のための故郷(ふるさと)」には豊かな記憶の森があり、その森から流れ出る和解と人道の川には理性と良心そして共感の船が行き交い、やがて希望と未来の海に到達します。

その森と川に触れて貰(もら)うためにも、ブッシュ大統領に広島・長崎を訪れること、人類としての記憶を呼び覚まし、核兵器が人類に何をもたらすのかを自らの目で確認することを強く求めます。

アメリカ政府は、「パックス・アメリカーナ」を押し付けたり世界の運命を決定する権利を与えられている訳ではありません。「人類を絶滅させる権限をあなたに与えてはいない」と主張する権利を私たち世界の市民が持っているからです。

日本国憲法第99条は「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」と規定しています。この規定に従うべき日本国政府の役割は、まず我が国を「他(ほか)の全(すべ)ての国と同じように」戦争のできる、「普通の国」にしないことです。すなわち、核兵器の絶対否定と戦争の放棄です。その上で、政府は広島・長崎の記憶と声そして祈りを世界、特にアメリカ合衆国に伝え、明日の子どもたちのために戦争を未然に防ぐ責任を有します。

その第一歩は、謙虚に世界の被爆者の声に耳を傾けることから始まります。特に海外に住む被爆者が、安心して平和のメッセージを世界に伝え続けられるよう、全(すべ)ての被爆者援護のための施策をさらに充実すべきです。

本日、私たち広島市民は改めて57年前を想(おも)い起し、人類共有の記憶を貴び「平和と人道の世紀」を創造するため、あらん限り努力することを誓い、全(すべ)ての原爆犠牲者の御霊(みたま)に心から哀悼の誠を捧(ささ)げます。


2002年(平成14年)8月6日


広島市長 秋葉忠利



反響

「折り鶴は世界にはばたいた」の筆者です。
わたしは、じつはこの仕事で、初めてヒロシマと向かい合いました。
仕事を受けたのは7月半ば、8月5日に広島へ飛び6日は早朝から平和公園周辺を歩き回りました。あの一日はいまだに忘れられない一日です。
秋葉さんの宣言は、わたしもテレビの中継で見て、おおっ!と感動し、打たれました。
長崎市長の宣言もかなり踏み込んでいましたね。
前の市長、平岡敬氏の「希望のヒロシマ」岩波新書も名著です。
わたしは直接お目にかかったことはありませんが、拙著のあとがきで
「希望の・・・」の一節を引用させていただきたいと思い
お手紙を出したところ、快諾と励ましのお手紙をいただきました。
ヒロシマ・ナガサキの首長が、世界に向かって発信していくのは当然といえば当然ですが、
大変な仕事であり重責であると思います。
市長の宣言は平和式典で配る式次第に、日本語英語、ほかにもあったかな?訳文を載せてあります。
その式次第は通りがかった人全員に配られますので、会場に入らなかった人の目にもふれることになります。
手から手へ、宣言の文言が伝わっていくといいですね。(バーバままさん )

TVの前で黙祷を捧げ、この宣言も聞いていたはずなのに、こうしてきちんとした文章で読むと、その素晴らしさにあらためて感動しました。私も記憶を薄れさせていった一人であったと反省させられています。どんなに時がたっても、生き残ったもののつとめとして、語り継いでいかなかればならないのだと心から思います。
世界中の人々の耳に、特に大国の指導者の耳に、この声が届くことを祈ります。(風太さん)

「平和宣言」を風太さまの掲示板で拝見しました。
きちんと文章で読めて嬉しかったです。
今生きている私のこの国がこの宣言をできるのだ、と改めて
膝を正して聞く思いがいたしました。
「同時テロ」後のこの一年を鑑みて、
それは改めて本当に貴重なことなのだと感じたのです。(テハヌーさん)

ガンジーやダライラマの説く、慈悲に満ちた非暴力で和平を達成する牽引車の一員に日本がなればいいと願う一人です。腹を括った広島市長の平和宣言、明解でいいですよね。英語圏に直訳するとしたら、世界規模でのコンセンサスを得て説得力を持つ文章でないのがちょっと残念でなりませんが、その点を充分承知での文章だと察します。同時に埋められない文化のミゾの延長線にある問題だと思います。

私の住む町でも「核兵器廃絶宣言の○○市」と市役所の建物に看板をぶら下げてありますが「踏み込んだ宣言」なんて一度も聞いたことが無かったのです。日本ではヒロシマ原爆以降、戦争を想像させるものがありませんが、世界地図を見渡すと、むしろ戦争が絶えないところが継続して存在するのが現実です。

我々が聞きなれた画一的な平和思想を、宗教や民族問題まで縺れ込んでいるでもイスラエルの街角で私は言う勇気は無いです。しかし日々の暮らしの中の感覚として、ヒロシマ市長の声明文にあるぐらいの勇気、その証としての責任を持つ事が、地球に必要な時代になったんじゃないかなと思います。その為には具体的に何が必要でしょうか。家に遊びに来る外国からの友人にとも話したり、ネットでチャットしたり様々な方法があると思います。

「資源の9割を消費し続けているのが地球全体の1割に満たない地域」です。北米(2.3億)日本(1.2億)、ユーロ(3億)プラスαですよ。この地域に住むの人たちが本気になって資源やエネルギーをセーブしたら、国際援助なんていらなくなります。(浪費を止めないでその格差を充填することに主眼を置いたODAは底なし沼です)

仮に、お釈迦様が見るような宇宙的大局の視点にもし飛んで行けたとしたら、政府が躍起になっているドンズマリの平成不況も、少子化現象もすべてナチュラルな流れだと思えてくるのです。(コトコトさん)

HPの中で、ここが目にとまりました。実は私も今年の広島市長の平和宣言は良かったなあと感じました。今年は、などといいましたが、例年そんなに熱心に聞いてたわけではありません。たまたま今年聞き入ってみたら、あら、ええこというてはる…、と感じ入ってしまいました。その後、ある女性と話していた折、やはりこの話題になって、ほんとに今年の平和宣言は良かった、と彼女も(多分毎年聞き入ってるんだと思う)言って、英訳文も格調高くてよかったのよ、と教えてくれました。早速ネットで探して英訳文も手に入れました。
それで、私はこの英訳の平和宣言を暗記してみようと目論んでいます。
私は現在46歳なんですが、最近頓に記憶力の低下を痛感しています。痛感して切なくて、その切なさの余り年寄ることへの抵抗を試みたく、このようなことを思いつきました。(実は2年前、三波春夫の「俵星玄蕃」を完全暗記しました。暗記の醍醐味にちょっぴり目覚めています)
かなり困難そうではありますが、覚えてみたいなと思っているところ。
まことさんもいかがですか?(井戸掘りさん)