茜雲に無事を祈って
出なかった日本食T短大オランダ校にバスが着いた時、時計の針は確か午後11時近かったが、寮の窓から手を振る者、サッとバスに駆け寄る者、首を長くして待っていたのだろう、感情をストレートに表すタイプ の母娘は抱き合って再会を喜んでいた。
私と娘はどちらかといえば照れ屋なので、T子ちゃんの陰に隠れていた風の娘の笑顔に「いや元気そうだね」と言うのが精一杯の感無量。ほんとに暫くぶりに会う彼女、電話で言っていた通りいささかふっくらとしハツラツとした感じだった。翌朝は小雨がパラつき真夏とは思えないほど肌寒かった。まだほとんど就寝中で構内出入り口を警備する現地人の守衛さん二人の話し声ぐらいでシーンとしている。構内周辺を歩いてみた。
木々が多く石畳の歩道は広く、落ち着いた色調の家々、静かなとても良い環境の街並みだ。栃木県から家族3人で参加されたYさんのご主人も散歩に合流、互いにそれぞれの娘が暮らす街の様子を目の当たりにし安堵の気持ちを確かめ合った。
程なくして娘の案内で朝食に。構内の中央部に近い建物の地下に食堂があった。学校関係者のほか建物の一部を日本の有名自動車メーカーの事務所として貸しているため、その社員の方も食べるからか結構広く清潔感溢れる施設。
娘がいう。「和食は週に一度ぐらい。親が泊るこの2、3日は毎日かも知れないってみんな楽しみにしてるみたい」。毎朝、大根おろしに刻みネギ入り納豆、サンマかアジなど背の青い魚の干物、味噌汁にごはんが定番の私、旅の始まりにして早くも味噌汁の香りがかぎたかったが、この日の朝食メニューは各種バラエティに富んだハム、ニンジンのボイルしたもの、パン、ジュース、ミルクの簡単洋風。温野菜のニンジン、小指ほどの大きさだがその量の多さ、ボリュームといったら大変なもの。娘 によれば毎朝晩野菜は豊富とか。前日、ブリュッセル上空から眺めた畑の多さとも合致する。パンと一緒に食べるのかフレーク状のチョコレートもふんだんに置かれてあり我が日本での朝食とはいささか趣きが違う。
娘の留学が決まって、オランダに関する本はかなり読んだ。親戚の帝京大教授N先生が親切にも送ってくれた新潮社の「オランダ ベルギー」などではそれまで無知に等しかったそれらの国の歴史や文化をいささかでも知ることができた。絵を学ぶため当時では数少ないオランダ入りを二十歳で実行、以来三十年近くアトリエを構え功なり名とげた吉屋敬さんのエッセーも2、3冊楽しく読んだ。
本の中で押し並べて書かれているのはオランダ人の衣食住観。住には徹底して凝るが、衣食とくに食には手間や労力はかけない、という。この朝の食事も食べ物の種類はあれども何か満足しない、大味な感じ。簡単な朝食を摂りながらそんな記述を思い出してしまった。 ところでその晩も翌朝も和食は出ず娘たちもいささかガッカリしたようだった。
はきいいパジャマ海外旅行に持っていく必需品にパジャマがあるようだ。これまでハワイと韓国しか行ってなく、それもかなり昔、何とかなるだろうとタカをくくり今回は持参しなかった。 マーストリヒトに着いたその晩から「ズボンだけでも寝着を持ってくるべきだった」と実感。シャワーを浴びて部屋でくつろぐのに昼間の普通のズボンではどうしようもない。
着いた翌日の午後、娘の案内で学校から徒歩十分ほどのスーパーマーケットに買いに行った。食料品以外にも衣類でも何でも揃うなかなか便利で大きなマーケット。「食べ物を買いに来たりテレホンカードを買ったり時々ここに来るの」と慣れた口調。この店で娘は自分の財布から支払って寝間着の半ズボンを買ってくれた。旅行中、夜は常にこのズボンの世話になった。ソフトな肌触りでとてもはきやすい。帰る日の荷物整理の時、娘は「それ持ってくの? 捨ててくんじゃないの」といったが「せっかく買ってくれたものだし着心地がいいから家でもはくよ」と持ち帰った。安くても生地が良いのだろうか、洗濯をかさねてもあまり痛まない。今度の旅行では大した買い物はしなかったが娘がくれたこの半ズボン、捨て難い思い出の土産品と独り合点している。
屋上の絶景
二泊したT短大の宿泊棟、確か九階建てと思ったがその屋上は眺望抜群だ。広大な学園敷地が一望できるのはもちろんだが、オランダで最も古いマーストリヒトのシックな街並、畑が広々と続くベルギー方面、なだらかな丘がつながるドイツ国境方面が良く見える。元来、高いところからの景色が好きなので何回も屋上に上って景色を楽しんだ。
屋上のリビングルームにはテレビがあり夜の何時間かは日本の放送も見られるという。日本が、ふるさとの家族が、なつかしくなったらこの部屋に来て日本語放送を見ている娘たちもいるのだろう。
国境といえばベルギーとの国境が歩いてすぐ、とガイドブックに書いてありF先生の案内でみんなでゾロゾロ、いざ国境へ。途中、大通りを避けて路地を抜けたり平屋建ての一般民家のすぐ脇を通った。
どの家も草花の栽培、庭作りに丹精しているのが手に取るようにわかった。白いレースのカーテンがかかる窓には真っ赤なバラの鉢植えが置かれ、ドアやガラス磨きに夢中のちょっと太目の奥さん、オランダ人についてのエッセー通りに快適な住まいづくり、見せる住環境づくりを垣間見た。
我が国ではまだガーディニングや道路沿いの演出に心する民家は少ない。先ごろのテレビで見たが京都:哲学の道沿いの民家に一部普及し始めたようだ。
国境までは確かに15分ほどで着いたが、所々にコンクリ製の小さなクイがある程度。「この畑のニンジンはベルギー、青菜はオランダ」とF先生。統合へ向かうEUの中でもオランダとベルギーはとりわけ国境が無いのかも知れぬ。
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