茜雲に無事を祈って
英語力とラーメン事件
マーストリヒトの散歩の途中、中華料理の看板を見たせいかラーメンが食べたくなった。
若いお兄さんと母親然としたおばさんが店を切り盛りしていたが、日本語は全く通じない。メニューはオランダ語と中国語。英語は少し通じるみたい。英語でラーメンは何て言うのかな、なんて考えていたら言葉が全然出てこない。「祐美ちゃん、ほら、あんたの方が今や英語、毎日使ってるんだろうから注文してみな」とけしかける。
娘の英語即戦力を試してみたかったのも事実。「エキスキューズミー」とおばさんを呼んで、娘は蚊のなくような小声で一所懸命話していた。何かチャイニーズヌードルとか言っているようだった。
注文できて良かったね、などと言いながら私は熱燗の日本酒を頂いていた。暫くぶりのお酒で心地よかった。美味しいラーメンにまもなくありつけると思うと腹の虫が鳴いた。やはりこっちに来て毎日英語で授業を受け買い物などもカタコト話していれば少しは使える英語力もついてくるのだなあ、それにしても大学では辞書と首っ引き、ドゴールのリーダーシップ論を原書で読んだ身でこのていたらく、日本の語学教育の欠陥か、いや我が身の実力不足、それにしても娘もなかなかのものだ、と感心、酒のほろ酔いも手伝っていい気分。
いよいよ出来てきたようだ。おばさんが運んでいるのは何か皿の料理のようだ。そうか、向こうの席の料理か、いや待てよ、おばさん、こっちに持ってくる、不思議だな、中国の正式ラーメンは皿盛りなのか、なんてミョウチクリンな想像をしているうちにテーブルに載ったのはなんとヤキソバでありました。
「ラーメンを頼んだハズ。ラーメンはないの?」。カタコトの英語におばさん、キョトンとして反応ゼロ。仕方ない、腹をくくって食べてみたら味はなかな か。おみやげまで作ってもらったが、果たして、マースのラーメン事件、未だにナゾが解けない。
日本で最も早くラーメンを食べたのは水戸黄門様らしいが、オランダではラーメンを食べる人がいないのでメニューに無いのだろうか、それとも、ラーメンはメニューにあっても僕らの語学力が食べさせてくれなかったのだろうか。
ムール貝を食う
ブリュッセルのレストランで昼食に出たムール貝、ガイドブックでそのボリュームの多さは知っていたが、目の当たりにしてほんとにびっくり。黒い殻におおぶりの肉がついた貝が一人一人にバケツ一杯出てきた。北海で獲れたものだろう。白ワインで蒸し煮した淡白な味付けだが、なかなか美味しい。出てきた時は「残してもいいや、食べられるだけ食べよう」と残すのは覚悟で食べ始めたが、結局最後まで食べてしまった。一緒に添えられていたフリッツといわれるフライドポテトも美味しかった。
事件s?ベルギーの夜
ブリュッセルでの宿はグランプラスそばのNホテル。超一流ではないが、まずまずの設備で二階の窓からは通りがよく見える。前夜、ブリュッセル第一夜はちょっと有名な「T」での日本食パーティー。
久しぶりの和食、冷酒もいただき、ちょっぴり満足感でぐっすり眠れ早めに目覚めた。夜遅くまで賑わっていたホテル下の公園や石畳の歩道はウソのように静まり返っていた。ゴミ掃除のおばさんがせっせと動いている。八月というのに朝の空気はかすかにひんやりした感じ。早めの出勤の方なのか足早の男性が駅の方へ歩いている。
旅に出ると私は早朝の散歩が好きだ。朝は人の姿が少ない。そのせいか路傍の自然や街の様子を伺うのにうってつけの時間帯だ。
何年前だろう、尾瀬に行った時は泊った檜枝岐村の朝をたっぷり歩き、路傍の石仏や川をスケッチしたっけ。ベッドでまだスヤスヤ眠っている祐美が小学生の頃行った軽井沢や日光では、寝坊の妻と息子を尻目に娘と二人でコテージを立ち、木々のそよぎ、小鳥のさえずり、さわやかな朝の空気を楽しんだ。
「ああ、今、ブリュッセルにいるんだ。そして、現地の人々の出勤風景を眺めているんだ」。旅の実感が湧いてきた。
朝食の後、Sさんが「ネエネエ知ってる?夕べの騒ぎs」私は熟睡して全く知らなかったが彼女によると、午前三時ごろ、ホテルの下の路上でピストルの撃ち合いか何かあったらしく、パトカーや救急車の音で眠れなかったという。
ハワイに行った時にも夜中はパトカーの音が一晩中聞こえていたし、まあここは外国だ、日本よりはぶっそうな事件事故は多いだろう。Sさんの話にそのぐらいにしか思わなかったが、帰国してから発覚したベルギーの異常な少女誘拐殺人事件、Sさんの安眠を妨げたあの晩の事件も何か関連があったのかも、などと勘ぐりたくなるほどベルギーの夜は恐いのかも知れない。
ブルージュに遊ぶ
ブリュッセルから車で一時間ちょっと、北海に近いブルージュ、ブラッヘともいうが、この街はガイドブックの通りに正真正銘、中世の風情豊かな水の都だった。バスは石畳の街には入れず駐車場に止めて歩いて観光。「トイレに行きたい方はここで。小銭が必要です」と添乗員さん。25ベルギーフラン、日本円で100円程をつかんでトイレへ。男女トイレの間に立っているトイレおばあさんに「ボンジュール」といって小銭を差し出すとにこやかに微笑んで入れてくれた。
ベルギーのみならずロンドンでもパリでも観光地や劇場はトイレに入る時ほとんどチップが必要。日本とは大違いだ。
奇麗な水とはいえないが街を縦横に水路が走り、鈴なりに人を乗せた観光ボートが水飛沫をあげて走り回っている。泳ぎは苦手で転覆の不安が一瞬よぎることはあっても、舟は好きな乗り物だ。中禅寺湖、芦ノ湖や松島への家族旅行でも「遊覧船乗ろう」と言いだしっぺはいつも私。その私がカミさんや子供たちにチョッピリ笑われたのは芦ノ湖でのモーターボートの時。水面を浮き上がりながら猛スピードで疾走するモーターボート、初めて乗った私は今にも湖面に放り出されそうで青ざめた恐怖心が傍で見ていておかしかったとか。
船旅の思い出で印象的なのは若かりし頃の高校生の船。引率者の一人として日立港から北海道間を数日ゆったりと過ごしたが、大きな樽に仕込まれた塩辛や小梅で妙に食欲が湧いたこと、陽光に輝く水平線をみながらの食事が妙に思い出されなつかしい。一生のうち一度で良い、世界一周船の旅をしてみたい。
ブルージュでは街を縦横に縫う水路を観光ボートが観光客をたわわに乗せてフル回転していた。もちろん乗った。ツタのからまる石造りの古い建物に真紅のバラが咲くコントラストを眺めつつボートは疾走する。なかなかの旅情だが、ちょっぴり汚れた水路の水、各国からの観光客の多さなど俗化しすぎが気になった。マルクト広場では市が立っており、種類豊富な野菜や果物、ハムやチーズがふんだんに並び、地元の主婦たちに飛ぶように売れていた。活気ある市場だった。ハーブ類もたくさんあり買いたかったが土付きの日本持ち込みは検疫で面倒なので叶わなかった。
(写真はブルージュの水路)
ジプシーの親子
ブリュツセルのグランプラスは確かに旅行雑誌等の写真で見る通り荘厳な広場だ。ガイドの日本人女性が「ここを歩く時はジプシーに十分注意して下さい。子どもだけ数人組のケースもあるし、母と子の場合もあります。しつこく付きまといバッグをひったくられる危険が一杯」と事前注意。
髪はボサボサ、普段着のジャンパー姿の私、まずは狙われることもあるまい、とタカをくくっていたがどういうわけか私と娘の組だけが狙われた。
痩せたギリシャ系の女と女児で、私が小銭入れにしようと土産品店で現地編みのポシェットを買って外に出たら、その二人組みが近ずいてきて両手を差し出し金を恵んでくれというポーズ。ちょっと哀れに思い左ポケットに手がいきそうになったが 、娘はジプシーの本場イタリアでも遭遇しているのか、手慣れたもので「ノーノー」と断り私の体を叩き態度で示せとせかすので私も「ノー、アイハブノーマネー」と振り切った。
それから15分程してガイド嬢と顔が合ったら彼女、「気をつけて後ろ」と言う。振り向くと5メートルほど後ろに先ほどのギリシャ系母子がついてきていた。狙っていたとは思いたくないが、もう10年以上もこのベルギーに住んで日本人観光客のガイドをされている彼女によれば「カメラかバッグをひったくろうとして狙っていたのよ」。そうかもしれない。それにしてもジプシーとは一体何なのだろう。ガイド嬢によればヨーロッパ一帯を転々と動き回る路上窃盗団だそうだが、本当に金と生活に困っている方たちなのか、何らかの組織とか宗教団体に属するものなのか素性が知りたいものだ。
騙されるといえば、以前、店の野立て看板設置で30万ほど持ち逃げされたことがあったが、私だけジプシーにマークされたというのは、騙されやすい雰囲気でも醸し出すのだろうか?
(写真はグランプラス。ビクトル:ユーゴーが「世界で最も美しい広場」と賞賛した。)