茜雲に無事を祈って
満ち足りたロンドン散歩
ブリュセルからロンドンはひとっ飛び。
到着の晩は全員で和食パーテイー、大いに盛り上がったが翌日も日本食が恋しくなった。この夜はシンプソンのデイナーを予約しておいたので、ホテル近くの自然史博物館を見た後、昼食に日本レストランに行くことにした。
サウスモルトン通りの「s」。純和風の造作、従業員も木綿のハンテン姿で落ち着く。日本から空輸する食材も大分ありそうだから仕方ないとは思うが、日本よりも2、3倍は高い。冷やヤッコ、サンマの塩焼き、塩辛から納豆、テンプラまで和食の粋を堪能。「冷酒は何があります?」と聞いたら何番目かに「石下」(いしげ)の「一人娘」が登場、二つ返事で注文、ロンドンで地元茨城の銘酒を飲めるとは感激の極み。
食材とともに空輸されたのか前日の朝日新聞があり、暫くぶりに日本のニュースに接した。スポーツ面は巨人の快進撃を伝えていた。子どもの頃からの長島巨人ファン、と言うより松井ファン。松井が打つと爽快だ。日本を離れる頃、かの長島節メイクドラマの火蓋が切られたが、新聞によればこの数日、松井がホームランをポンポン打って長島野球満開、苛烈な首位争いに突入していた。酒は旨いし肴は最高、松井も打って言うことなし。ホロ酔い冷ましにハイドパークへ。
中学校に入って初めて英語の教科書を開き、ジャックとベテイが行く公園がここだ。宮殿があるケンジントンガーデンと隣接しロンドンのど真ん中にある大緑地帯。午後の陽射しを浴びてロンドン市民がのんびりと緑の芝生を楽しんでいた。私も夕方までハイドパークで散歩を楽しんだがどことなく満ち足りた気分だった。
本場のミュージカルロンドン2日目の夜はシンプソンディナーの後、本場のミュージカル鑑賞オプショナルツアー。
シアターロイヤルドゥルリーレイン、舌をかみそうな劇場で「ミスサイゴン」という人気ミュージカルを見るわけだ。
途中、幕間の休憩を挟んで3時間程の英語劇。世界各国の観光客が入場しており、席につくにしても休憩でトイレに行くにせよ通路は満員電車並みのゴッタ返し様。どうせ何を喋っているか殆ど理解不明だろうから、眠くなったら眠っていようと軽い気持ちで座った。案の定、時折睡魔に襲われたが、ベトナム戦争を舞台に米兵とベトナム女性との愛を描いた劇、最後の頃にはおぼろげながら発言中身がわかるようになった。
それにしても舞台装置、シカケの凄さには舌を巻いた。特にヘリコプターが着陸したり飛び立ったりする場面での大道具装置や音響効果は抜群で臨場感は真に迫るものがあった。
先ごろ、父母と教師の会の役員をしている太田一高PTAの行事で劇団四季の「美女と野獣」を見る機会があった。もちろん日本語ではあったが、睡魔には勝てずストーリーは殆どわからなかった。この日、参加したのは大半がお母さん方だが、ミュージカル美女と野獣観劇と聞いて参加申し込みは瞬く間に締め切られただけに、みな真剣に見ていたようだ。
ロンドンといい赤坂といい睡魔に襲われる私はミュージカルの類は肌に合わないのかも知れない。
厚くて重いザ:タイムズ国内旅行での楽しみの一つは地元の新聞を買うことだ。例えば秋田だったら「秋田魁」、仙台だったら「河北新報」、長野だと「信濃毎日」広島なら「中国新聞」、キリがないから列挙は止めるがどこへ行っても必ず現地の新聞を買い、捨てないで持ち帰りスミからスミまで読む習慣だ。全国紙には載ってないローカルな話題が満載で、訪れた土地や地域の様子がよくわかり旅の余韻を楽しめる。
ロンドンでも有名な「ザ:タイムズ」を買った。何ポンドか忘れたが日本と同じで安かった。驚いたのは思わず「重い!」と叫びたくなるほどズッシリした重量感。土曜日だったせいもあるかも知れないが、6部構成になっており総ページ数は150ページ近い。以前から外国のニュースペーパーはページが多いのは知っていたが実際手にしてこれほど分厚いとは想像を越えた。
第一部の一面トップ記事はかのダイアナ妃だったが、車関連記事、週末ガイド、旅行、演劇から住宅販売情報等々、まさにバラエテイー溢れる紙面構成。帰国してから数日間は辞書を片手に読んでみたが、あまりのボリュームの多さにヘキエキ、一旦解読休止中。
捨てないで取って置き、いつの日か再挑戦して旅したロンドンの夏の日の様子を思い出したいものだ。
一本の電話今世紀の文明の発達というのは全く目を見張るものがある。ラジオテレビに始まった情報化社会は今や、パソコン、インターネットによる瞬時の世界同時通信にまで到達した。
最近の新聞によればある著名なパソコンソフト会社の会長は「迫り来る21世紀にはインターネットによる電子メールの交換を一日に何本か行わない人は時代にスポイルされるだろう」と発言したとか。スポイルされるされないはともかくパソコン一人一台時代がやがてまもなくやってくることは間違いないだろう。
私も時代についていこうと先ごろからパソコンをいじり始めているが、なるほど便利な機械に違いない。頭の良い人間が何千人入っているかわからないほど仕事をこなしてくれる。
しかし、あくまで道具でしかない。
パソコンを一時間いじって得る満足は勿論あるが、ほんの一瞬でも人と人との心の触れ合いがもたらす充足感は何物にも代え難い。
娘が旅立って寂しい夜、遠い国の娘からの一本の電話でその日の仕事の疲れやストレスが一瞬に吹き飛んだ妻の姿を幾たび見たことか。最初の頃は毎日のように電話をかけたりかかったりしていたが、国際電話料金がバカ高く、情報の伝達はもっぱら安いファクシミリが主流になった。
電話といえば私も時々、娘の声を聞きたくなってかけた。夜11時過ぎ、薬品の発注や雑用を終えて晩酌をしていると、無性に娘の声が聞きたくなる。夏時間だとちょうど4時過ぎ、校舎のある建て屋と寮は歩いて2、3分、授業が終わって部屋にいる時刻だろう、とかけるが3度に2度は娘がいたためしがない。
取り次いでくれたクラスメイトが「祐美ちゃんは乗馬クラブに出かけました」とか、「買い物に行きました」。ちょっぴり残念だが「なかなか活動的にやってるわ」と安心もする。娘の代役というわけでもないが、電話口のお嬢さんとほんの少し話す。「あなたはどなた?」と聞くとだれだれです、とハキハキ名乗ってくれ、その日の天気のこととか、仲間に変わりはないかとか聞き、「元気でネ」と励まし受話器を置く。
娘がいなくとも遠い国での情景が想像できて、一本の電話は一服の睡眠剤だ。
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