みちのくが始まる街からの通信 6月

筍と選挙準備
みちのくが始まる街からの通信 6:1
今日から6月。半ばには鬱陶しい梅雨に入るのかな。確かにじめじめして嫌ですがそれもまた日本の四季の風物詩。この雨が夏に向けての水を賄います。全てを甘受して生きなきゃあ。まあ、微妙に変化する紫陽花などを楽しみながら過ごしましょう。
午前中、金砂郷町のお客様が自宅の竹薮から採ってきたハチクをたくさん持ってきてくれました。丁度その頃、日立市から見えられたレオピンファイブの愛用者・Aさんにもおすそ分けしましたら大変喜んで戴き差し上げ甲斐があるものですね。早速、ハチクは明日の朝の味噌汁の具にして味わってみましょう。
IT革命対応・HP開設で遅れをとっていた自民党も立候補予定者にHP立ち上げの号令をかけた、と報道が伝えていましたが、我が町を地元に立候補される若手二世候補予定者の秘書から電話がありまして「今日、公開しましたよ、まだパンフレットと同じ内容ですがね」。早速アクセスしてみましたが、メール機能もまだ付かないハッキリ言って乞うご期待型のHPでした。ただ一つ勉強になりました。県選管に電話しまして時代の変化のあれこれや身辺雑記をこうしてアップしてます私のネット通信に特定候補者の名前を出すことの法解釈。公示後は名前を出して近況などを書きますと、公選法上のビラの配布に当たるから駄目、公示前でも特定候補の名前は書かない方が無難、などが分かりました。まあ、県選管もIT関連対応はまだまだ遅れてる印象ですが・・・。

ITは女性の武器?
みちのくが始まる街からの通信 6:2
車のクーラーが効かない。暑い。たまらなく叔父と従兄弟がやっている修理工場へ駆けつけた。ガスを補充してもらった。その間、待合室で一服していたら、前に座ってる女性、何処かで見かけた方のよう?仕事柄、こちらは知らなくてもあちらはご存知ってケースは頻繁ですが、お客様ではなさそうだ。「どこかで以前お会いしましたっけ?」。「成田でお蕎麦をご馳走になりました」という。えええっ!全く覚えが無い。ただ微かに、数年前、オランダに行く時、一緒に行く方を日立から乗せていきその方の知り合いの女性が見送りに来て一緒に何か食べたような気もする。聞きますと、ご主人が酒乱で暴力が酷く、子供3人を連れて離婚され、偶々、常陸太田に数ヶ月前から住んでいるという。
一番上の子供さんの車購入で来ていたようです。私は酒は飲んでも暴力を振るうような事は全くありませんが、世の中には昼間は猫のように大人しいが酒が入ると人が変わって暴力的になるタイプの酒乱もまた多いのかも知れません。ある意味で心の歪みが暴力に走るのかも知れません。
5日からニューヨークで、国連特別総会女性2000年会議が始まります。私の友人で水戸市のMさんも、この会議に夫の暴力から身を守る妻のためのNPO団体・アジアの風事務局長として出席するようです。暴力ばかりじゃなく女性を取り巻く諸問題は数多いし根深いでしょう。差別の撤廃と地位の向上のためには、男性側への要求は勿論大事かつ重要なファクターでありますが、女性自身の甘えを排した本物の自立心もまた肝腎でしょう。情報によりますと、女性の社会進出と交流拡大にインターネットが今後、大きな武器になるらしいです。その点、既にその武器を使って日々、自立型の生活パターンを送っておられる皆さん方は一歩大きく進んでる、と言えるのかも知れませんね。

ネット復活!
みちのくが始まる街からの通信 6:5
みなさーん。暫くでしたあ。やっとネット環境もリカバリーできました。長いトンネルから抜け出したのは、本日PM6時直前。先ほどです。いやあ、60時間にして日中のノートPCネット復帰です。
結論から言いますと、故障はISDN・DSUのデータポートがやられたわけです。原因は不明ですが、深夜の雷だったのかも知れません。
2年半使用してましたが、一般的には壊れないそうです。しかし、NTTさんも盲点があるんですね。何回も試験しまして、DSUは正常です、こちらから通信送っても正常に動いてますから、の一点張り。PCのWIN95を入れ直せだの、何だの指示して、結局は、大丈夫と言っていたDSUだったのですから。それでいて、やがて新品を購入か高い修理代を請求するか、毎月の保守点検契約を結ぶか選択しなきゃならなくなりました。
顧客データはFDに落として問題無く復旧しましたがこれまでのメール関係はすべて消えました。
ゼロからの出発です。
まあしかし、怪我の功名もありました。まず、初めて行った再インストール作業は案ずるより生むがやすし、もういつでも来い!って度胸が座った。まだ自宅兼本店のデスクトップで朝晩ちらっとBBSを見られたので良かったが、日中のネット交流が如何に自分の生活の中で重きを置いたものか再確認できたことなどかな。明日からもカードモデム設定、Dドライブ有効化などありますが、まあ、今夜はうまい酒でも飲みましょう。
励まして頂いたマイムさん、やちよさん、きこうしさんその他の皆様、ありがとう。

楽しい報告
みちのくが始まる街からの通信 6:7
真夏の灼熱を思わせる暑さでした。糠味噌は常温では黴がはえ気味ですがこういう暑い日は酸味が効いたキュウリや茄子の糠漬けがとりわけ美味しくなりますね。私は獅子座ですから真夏には強いです。暑くなればなるほど食欲が湧きます。さあモリモリ食べましょう。
PCは順調に戻っています。今日はPCカードを入れてDドライブが起動しました。必要なものしか再インストールしませんでしたから、残りが80メガ前後のパスパスで使っていたCドライブ、なんと700メガも空き容量ができまして怪我の功名とはまさにこういうことを言うのでしょうか。
新品を買った時の気分で安心してPCライフを楽しめます。
さて昨日の大好きいばらき県民会議の報告・・・。午後2時からの共創部会は休憩なく5時過ぎまでみっちり審議。9月に行う福祉関連シンポジウムはITと障害者をテーマにやることを決定。茨城の旅をテーマの募集は県内外の方を中心に小さな旅・茨城版といったところかな。言葉を通して郷土を見つめる茨城弁大会も実施決定。7月にまた部会を開いて細部の詰め・・・。
5時半、何人かの部会員を誘って京成ホテルの11階ラウンジへ。水戸で一番好きなスポットです。大きなガラス窓から眼下に水戸の街、太平洋の水平線、筑波山が見えて、ここで飲むビールもコーヒーも一段と美味いのです。埼玉県から毎回ご出席になられる環境問題のリーダー・S氏も満足されたようで良かった。
6時からはホテル瑠璃の間で、会議の新旧事務局長の歓送迎会。私を委員に選抜してくれたF局長のご挨拶はなかなか含蓄のあるものでした。私の予測は当たっていました。草創期から5年が経過してある程度、地固めが完了したこの県民会議組織。いつまでも立場・地位に連綿としているデメリットを察知されて引き際の見事な判断をされたようです。日本社会に巣くう地位執着型の暗部に楔を打ち込む英断に思えました。新局長はまた県幹部や政治家秘書、国際交流団体トップをやられた穏やかな人格の人のようで大いに期待しましょう。そのあと、市内に二次会に繰り出しPM10時半、代行で帰宅しました。ああ、楽しかった。久々です。

梶山さんの通夜
みちのくが始まる街からの通信 6:8
我が町が生んだ著名な政治家・梶山静六さんの通夜に今、行ってきました。5000人は参列されたようです。こんなに大勢の方々がお越しになった常陸太田の通夜も初めてかな。葬式のはしごでしょう、小渕さんの葬式を終わって各党の党首、都知事も参列、筑紫哲也さんもいらしたようです。
あすは密葬告別式です。後継者にはご子息が出馬しますが、この時期のお披露目という意味で息子孝行の父親だったのかも知れません。

春江夫人の別れ
みちのくが始まる街からの通信 6:9
小雨降る中で梶山さんの密葬告別式がしめやかに行われました。当時の田中派7奉行の中でも肌合いが合わない橋本さんと梶山さん。片や理論派、片や感性派と言ってしまえば簡単ですが、とにかくその二人が総理総裁、梶山さんは官房長官。漏れ聞くところによれば今までで一番接触が少なかった「総理と女房役」だったそうですけれど、会話はあまり交わさなくてもそれぞれに以心伝心・自己判断で持ち味を発揮されて橋本政権・梶山官房時代は続いたと思います。感性の人は人が変わったかのように経済再生・日本改革の理論的提言を繰り返した晩年。
病と闘いながらも校正に時間を割いたという遺作「破壊と創造・日本再興への提言」(4月7日第1刷り)帯には「この国の危機は、病魔はすでに我々の体深くを蝕んでいる。100兆円の国費を投じてなお一向に浮揚してこない経済、毒物テロ、若い世代の心の荒廃・・・(略)晩年を静かに過ごしたいという想いを変え、最後の一瞬までたとえ孤軍であっても戦い抜こう」と書かれていました。
理論家も心の内側には熱く赤い血が流れています、橋本さんは昨夜の通夜も、そして今日の葬儀もあの一種独特の憂い顔に一層憂愁を漂わせて参列してました。彼に去来してるものは何でしょう。
長期的視野に基づく橋本理論の正当性が最近、また脚光を浴びつつある中で梶山さんが遣り残した遺恨にも通じる再度の舵取りの是非自問自答だったのでしょうか。
会場には梶山さんが国会在籍25年表彰の時の国会演説テープが力強く流れていました。「貧しい農家の10人兄弟の末っ子として生まれ、天狗党の心意気で29歳で県会に出た。以来、愛郷無限の心で茨城を、日本のために生きてきた・・・」。今日も数千人の参列者一人一人に御礼挨拶されていたのは春江夫人と後継者のご子息夫婦。春江夫人は、梶山さんよりちょっぴり年上ですが、いまだに優しさと上品さに包まれたお方です。なんでも税務署に勤められていた若き日の夫人に一目ぼれして日参の末に口説き落として結婚されたエピソードがあるそうです。きっと、何度も流れる夫の演説を耳にしながらまもなく荼毘にふされる夫に「素晴らしい人生を有り難うございました」と感謝の念一杯で挨拶に当たられていたことでしょう。

まいづる塾10周年
みちのくが始まる街からの通信 6:10
今から10年以上前、ふるさと創生1億円事業というものを皆さん、覚えていらしゃいますか?
竹下さんや亡くなられた梶山さんがぶち上げたプランで、全国の各市町村に一律1億円をプレゼント、使い道はその市町村で独自にどうぞ、というものでした。一億のゴールドで町のシンボリックな陳列物をつくったり、温泉掘削に当てたり様々でしたが、我が常陸太田市行政はまず、市民8人を選んで「ふるさと創生・一億をどう使うか?」発表会を行いました。不肖私もその一人でして、西山荘という歴史遺産に安住することなく自然を壊さずに歴史活用型で再構築する新たな観光事業創出を発表しました。その後、西山荘が充実された程度で発表提言は全く実りませんが、発表者を中心に一つの街づくり集団が誕生しました。まいづる塾と言います。名前の由来は、佐竹470年が常陸の国を治めた我が街の館城・舞鶴城にちなんで命名。一億の一部も運営資金に使用しましたが、年間に50人から100人の市民が塾生として住む街の歴史、自然、景観、風習、人物などを学び、定期的な街ウオッチング開催、自然景観ビデオ作製、坂物語出版、歴史講演会などを繰り返してきました。最近は、街を訪れた人々に地元のセンスで伝えられる「まちかど案内人」養成活動に力点を置いているようです。
今日は、このまいづる塾結成10周年発表会がありまして、結成当時のメンバーの一人として覗いてきました。経済企画庁主催の国際ボランテア年ビデオ募集で、この案内人養成をテーマにした「まちを伝える人々」が国民生活局長賞を受けまして、現会員たちは大変喜んで生き生きと街づくり問題に取り組んでいました。
自分の住む街暮らす街が好きにならなければ、日本を、世界を愛することにはならない。まいづる塾がもし仮に誕生していなかったなら、今ほど、我が街に関心を持つ市民が増えなかったのではなかろうか。目にみえた形の進展はなくても、たとえ市民の一部でも我が街に熱い想いを寄せる情熱の灯かりが燃え続けたとしたらふるさと創生資金の一部は有効に活用された、といえるのではないか、と信じます。

教育現場の一つの不思議
みちのくが始まる街からの通信 6:12
梅雨寒ですかな、ストーブを今、つけました。
昨日の知人のご子息披露宴ではしばらくぶりに高校時代の友人に会いました。この春から新任校長になったそうです。「児童数20人の小さな小さな小学校です」と言いつつも同期ではいち早く校長のイスを射止めて満足そうな表情でした。友の出世もまた楽しからずやです。
ところで、私は、日本の学校教育現場には限りない問題がありますが、日ごろ感じてます一つの不公平・矛盾を指摘しておきたいと思います。
それは彼の小さな小学校のように児童数が極端に少ない学校にも校長が居て教頭がいて教諭がたくさんいまして、例えば彼の所には児童の半数近くの9人の教師がいます。ある意味ではそういうマンツーマン教育指導が可能な学校の児童生徒は極めて幸せなので、素晴らしいことなのですが、反面、日本国内の大多数の学校は、4、50人に一人の先生がやっと、という現状でしょう、子どもの心理や変化に全く気づく余裕がないほど先生は多忙で疲れていてお寒い実状でしょう。
過疎地で友人との接触刺激がないが先生には恵まれすぎの小規模学校、いじめや暴力も起こるすさんだ空気が充満した多くのマンモス学校、どちらも日本の教育現場に存する現実です。個人的には、私は、教育予算はもっともっと拡充して、より一層、子供たちの心の内側に近づいていく教師の質と数を増やしていくべきだと思いますが、児童生徒対教師数があまりにも開きすぎた現実の矛盾と不公平を放置している文部省行政の判断に全く解せない部分があるのですが???

仕事は全て他者への奉仕なのです
みちのくが始まる街からの通信 6:14
小雨が一日中降ってましたがやっと夕方から回復に向かってます。
今日は、大阪にいるある会社の24歳のPCマンを怒鳴りつけました。しかし、ある意味では彼のためになる叱咤だと思ってます。彼は、私のところも使ってますレセプトコンピューターの立ち上げ開発者の一人。今は、利用者からかかってくる使い方のサポート業務指導も仕事の中心で、今日は偶々、部下が休みなのか、本人がサポート窓口にいた。我が本店も午後からレセコンの専門スタッフが休みで、私がPCをいじり分からない点が出たので電話をかけた。彼は最初から、「説明書に書いてあることじゃないか。そんな初歩的な質問はするな」そんな気持ちがありありの応対回答がビンビン返ってきた。説明書を読んでる暇がない、患者が来る前にPC処理をしなけりゃならないから電話してるのだ、サポートセンター窓口は的確にスピーディーに優しく丁寧に教える義務があるのだ、それをぞんざいに迷惑そうに、いいかげんにせよ、みたいに応対するとは何事か!
我々健康奉仕者は、人々の悩み苦しみ疑問に対して、できる限りの心からの対応を信条としている。
同じようにPCサポートマンは、我々の疑問悩みに対して、同じような対応を要求されているわけだ。
それを、その使命を忘れて自己の技術や能力のレベルから相手を見ては駄目なのだ、そんな対応でこのまま進んだら必ず深い落とし穴に落ちる人生が待ってるのだ。テクニックより大事なのは心なのだ、相手に対しささやかでも手助けになれば、という奉仕の心を忘れた仕事は仕事とは言えない。

叶うかな?ホタルの夕べ
みちのくが始まる街からの通信 6:17
先ほどの天気予報では北関東は明日、雨は降らずに曇りマークでした。明日は朝の7時前に出発、9時から那須温泉カントリーでワンラウンド回り、夕方からは塩原のホテルでライオンズの今年度最終例会です。半年ぶりのゴルフですからやはり雨は降って欲しくないなあ。
先日、極めて嬉しい情報が飛び込んできました。市内北部の国見山麓にお住まいの市会議員T氏が来店、野山の話になったんですが「そろそろホタルが飛びはじめます」とのこと。山から流れる湧き水はきれいで毎年、6月下旬からホタルの明かりを自宅から見るという。今度、乱舞に近くなったら電話してくれるそうです。楽しみに待ってましょう。農薬の空中散布をしますから市内でも、近年はめっきり姿を見かけなくなってしまいました。きっとこのTさんの家周辺ぐらいしか飛ばないかも知れません。

塩原の旅
みちのくが始まる街からの通信 6:20
日曜日は暫くぶりに那須塩原でゴルフと温泉一泊の旅を楽しんできました。
天気予報が好都合に外れて朝からみるみる晴れ間が広がり、AM7時、Nさんのプレジデント助手席に乗って常陸太田を出発。那須温泉ゴルフ場でAM9時スタート。パートナーのSさんは何とミス一回だけの37で回ってきた。同じくMさんも40。いやあ上手い方々だ。でも聞きますと月に3、4回はやってるらしい。私は何せ1月半ばにやったきり。それも3年もご無沙汰して・・・。スコアより快晴のなかでのストレス発散が何より、心地良い筋肉疲労を味わいながら夕方、塩原のデラックスホテルに到着。簡単な例会の後は6時半から恒例のライオンズクラブ年度末最終宴会。二次会三次会までホテル内で付き合って就寝、朝は4時半に起きまして、朝風呂を戴いて散歩に出ました。箒川をまたぐ虹の架け橋をわたってホテル旧館をサンダルで出ましたら、お寺がありました。平の重盛妹ゆかりの名刹は、大きな滝があってそこからの清水が境内を流れ、傍らに昭和天皇が詠まれた歌碑。「夏たけて 堀のはちすの花見つつ 仏の教え 思う朝かな」。
見知らぬ土地の朝の散歩はことさら楽しい。今まで何度も来ている塩原、しかしこのお寺は初めてだった。箒川の水音もまた耳障り良かった。本当は散歩の後、朝食バイキングでたらふく戴くのが私の旅の大きな楽しみの一つなのですが、早朝には戻らなきゃならなかったのでAM6時には塩原を出発、8時前には帰着しました。

トラブルへの心持ち
みちのくが始まる街からの通信 6:21
蒸し暑い一日でした。そしてアンラッキーな一日でした。
まず今週は支店スタッフK子さんがご家族の病院検査付き添いでお休み、ゆえに今日も予定されていた水戸での大好きいばらき会議は欠席を余儀なくされていましたが、そこへカミサンがダウンしまして寝込んじゃいまして、本店スタッフT子さんは午後から休み、やむなく本店を臨時休業にしまして従姉妹を急遽頼んで雑務を処理した一日でした。重なる時は重なるものです、こういう時の私の心境・・・。
これもまた運命宿命なり、なるようにしかならない、出来るだけの手を打って、可能な限りの努力をして、なおかつ発生したトラブルにはその時に対策を考える、開き直り、流れに任せる生き方をします。時間が全てを解決しますから・・・。午前中でも一人で処方箋を処理してくれたT子さんに感謝、急な要請に快く来てくれた従姉妹のN子さんも、たくさん入った入荷物の整理をしてくれカミサンの看病もしてくれて感謝です。カミサンも早く良くなって、K子さんのご家族の検査も異常無きを願いましょう。

さわやかなお役人
みちのくが始まる街からの通信 6:23
ジメジメしたお天気がまた始まりました。ダウンしていたカミサンはやっと治りかけてきました。
今朝は朝から前向きな役人に接して気分が良いです。
ライオンズの新年度(7月から)担当委員会(ふるさと活性&環境)活動方向を探るため、建設省常陸工事事務所に電話しました。「最近のテレビニュースで知ったのですが川を博物館にしようというリバーミュージアム新規事業を詳しく知りたいのですが・・・」。まもなく回答がありまして、そういう名称の事業はありませんが、建設省は川行政を従来の治水利水から環境と流域住民意識の視点を導入した手法に変更して行っています、ライオンズさんも関心があるのでしたら是非一緒に、市内の川づくりをやりましょう、子供たちが地元の川に親しむ運動が今極めて大事だと思います、いつでも良いですから事務所に来てください、とのこと。荒川で進む光ファイバー情報システムなども教えてくれましたが、従来の建設省役人のイメージを払拭する積極的で前向きな若き国家公務員の電話応対に清々しい気分を感じました。一度彼と相対で話してみましょう。

明日は投票日
みちのくが始まる街からの通信 6:24
はっきり言ってああいうパレードなら意味無し!と極論したくなるような薬物乱用防止の催しでした。単なる予算消化とやったという実績つくりのためのおざなりのパレードは全く時間とエネルギーのロスです。県の保健所行政担当者、および自分も末席に名を連ねる協議会組織の猛省を促します。
全く別の話・・・。先ほど見えた下痢を訴えられたご老人。ご子息が日立製作所の技術者で、我が街の高台の分譲住宅地に新築し、その引越し手伝いに鹿児島からお出でになり、明日鹿児島に戻られるそうですが、「12月には結婚式がありますからまた来ますよ。ええ、お嫁さんも会社の部下でこちらからもらいますから・・・」と息子さんの新たな出発に安心のご様子。「西郷さんも大いなる貢献の明治維新の思想バックボーンは水戸学、歴史の古い常陸太田は極めて住みやすい所です、息子さんに会いにしばしば来てください」とお見送りしました。
さて選挙戦もいよいよ終わり。先ほどは我がスーパーエリアにトップ当選決定的の二世候補者が握手戦術に・・・。明日の全国的結果が楽しみですがどうか無党派層の方が投票所に足を運び投票行動を取ってください。


味のある選択
みちのくが始まる街からの通信 6:26
第42回衆議院選が終わった。自民党、公明党、保守党、日本共産党が議席を減らし、民主党、社会民主党、自由党が増やしたがいわゆる野党に政権を任せずに、引き続き自民党を中心に政治の舵取りを国民は選択した。
まず言えることは「ファジーへの批判と新たなファジーへの期待」。野党的体質を信条とすべき公明党が権力に擦り寄った結果、曖昧な立場に嫌気が差した学会信者が公明離れを見せた。首尾一貫して憲法の戦争否定・平和主義をアピールしてきた土井社民党が共感を得た。共産党の政権戦略も嫌われたのかも知れない。一方、組織論や政策でまだまだファジーな民主党だが自民党をのさばらせないために、という期待感だけの選択をバネに議席を増やしたが大半の票は、信念に基づくものじゃなく文字どおり浮動票だろう。いずれにせよ、バランス感覚に富んだ結果だった。
さて政局はどうなるか?カギは公明党だろう。自民党と袂を分かつ時期が早いと一気に流動的な状況が生まれる。
我が地元の梶山ひろし氏は圧倒的な大量得票で見事に亡き父のバトンタッチを果たした。問題はこれから彼が、どのような手法で政治的行動を積み重ねて行くかだろう。まずもって地元・常陸太田をじっくり見据えて戴きたい、そして県北など4区を見てほしい。愛郷無限・新時代の実体化から彼の国会での前進が始まるのだ。
もう一つ、近未来には投票所に行かずとも投票行動が取れるIT投票方式が迫っているだろう。日本の政治図式が大幅に変わる兆しを感じた総選挙だった。

夜まち近し
みちのくが始まる街からの通信 6:28
ジメジメした一日でした。この前も書きましたが日本の四季は止めて五季に改めましょう。
今の時期は春でなく夏でなくまさに梅雨という雨季なのです、北海道を除いては・・・。
我が街には「夜まち(よまち)」と言って町内の神社が毎晩のように縁日を開く夏祭行事があります。旧暦6月1日の杉本坂・皇太神外宮を皮切りに約40日、市内のどこかで縁日が行われますので別名・おおたのダラダラ祭りとも言われます。一説には水戸黄門様がお田植行事として奨励したともいわれますが、近年は経済力の低迷と呼応して祭りの規模も縮小気味ですけれど暑い夏に向けての街の風物詩ではあります。その旧暦6月一日もまもなく7月一日に迫っています。

梶山さんが新人トップの得票率
みちのくが始まる街からの通信 6:29
我が地元の二世新人代議士は全国第二位の得票率だったことがわかりました。
ご存知梶山弘志さん、44歳。139817票を獲得しましたがこれは83・4%の得票率でした。ちなみに一位は愛媛3区の3選目・山本公一さん、52歳で83・6%。話題の小渕優子さんは76・4%で5位でした。堂々の全国2位、新人ではもちろんトップですから梶山さん、胸を張って国会登壇ですが、くれぐれも地元の意識認識からずれないでしっかと足元を固めた行動をお願いします。

爽やかです・松井の場外
みちのくが始まる街からの通信 6:30
蒸し暑い不快指数が今、吹き飛びました。そうです、ジャイアンツ・松井君が広島球場で数試合ぶりに場外アーチを打ちました。気持ち良いです。こんな時はスカっとビアでもあれば言うこと無しなのですがまだまだ仕事です。明日からは閉店時間が毎晩10時になるんですよ。私はまあ、勝手に9時半頃には帰宅しようとは思ってますが・・・。アメリカの圧力で大店舗法が骨抜きになり大型店の休日や営業時間規制がなくなって日本の大型店は軒並み、休みをなくしたり営業時間を延長したりし始めましたが、私は反対ですね、単なる売り上げアップ・数字至上主義でダラダラダラダラ店を開けてゆく方式は・・・。短時間に集中的に仕事をするのが好きです、効率的合理的な店舗経営を志向しています。しかし、こういう大型店併設(テナントではありません、自らの土地に自主的に店舗を出した、と考えたい)ですからやはりある程度は合わせなけりゃなりませんから、明日からはまあ、10時近くまで支店にいなけりゃなりませんが、個人的時間活用に費やしましょう。

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