みちのくが始まる街からの通信 7月1日〜31日

反応あり
みちのくが始まる街からの通信 7:1
暑かったですね。36度近かったかもね。体感温度は・・・。
カツオの刺し身、糠づけ、冷やっこあたりが一番美味い時期です。
昨夜は市内の甘味喫茶・カウンターで街づくり論議に花が咲きました。私より2歳下のクリーニング経営者とやりましたが、彼の説「常陸太田から龍神大吊り橋、袋田・大子の温泉地、里美牧場のトライアングル観光構想」は私の持論でもありますので大いにビアジョッキがあきました。
で、彼、「かわまたさんの新聞などでのキャッチフレーズ・みちのくが始まる街っていうの、良いですよ」なんて嬉しいことをおっしゃって・・・。だんだん定着してきて本望です。

本日休載
みちのくが始まる街からの通信 7:2
本日は鈴木大拙翁関連の言葉「本物は静かなり」「大切なのは人の心を知ることより、自分の心を知ることである」を書くだけです。

ホタルの季節ですが・・・
みちのくが始まる街からの通信 7:4
我が街・太田の夜街(よまち)が2日から始まりました。8月半ばまで続く町内神社やお寺のミニ夏祭り。別名ダラダラ祭りとも呼ばれます。日曜日は杉本坂・山田神社、今週末土曜日は木崎町・熊野八坂神社。花火や金魚の似合う季節です。
先ごろ、思いっきりテレビでも取り上げられた竹搾液。竹炭を焼く折りに出るタール浸出液ですがアトピーや土壌改良、虫除けにまで効果があります。私は地元里美村の山奥で全国に先駆けて焼いていました小田部さんの竹炭・液を3年前から取り扱ってます。結構根強いファンがおりますが、近年のブームを見て先見の明があったのかな、と思える出来事です。
第二次森内閣が発足しました。官房長官が初めてIT相になりました。日本のITも大いに進んでいくことでしょう。期待しましょう。
今からライオンズの理事会に行ってきます。7月一日からが新年度ですが今年も私がふるさと活性特別委員長です。生活雑排水が流入し汚れた川になって久しい源氏川にやがてホタルが飛べるような清水が戻るようスタートを切る年度にしたいと思ってます。

ライオンズのIT度
みちのくが始まる街からの通信 7:5
久しぶりに寝坊しました。昨夜は12時まで飲み会をやりまして起床が9時半になってしまいました。
でも有り難いものです、スタッフが本店支店ともキリモリしてくてまして、私は10時過ぎから遅めの朝食を摂って11時半に出勤しました。
さて昨夜のライオンズ会合でわかったこと。メンバーは70人ほどいるんですが、自らインターネットやってる方はまだ5人程度ですから7%。ライオンズは平均年齢が結構高いですから全国平均より低いのかも知れません。しかし、聞いてみますと皆さん、可能ならやってみたいとは思ってるようです。
IT革命推進が我が国のこの1、2年のメーンテーマの一つです。推測しますと、2年後にはきっとライオンズメンバーの3、40%はインターネットやってる時代になってるでしょうね。
楽しみです。

Mさん、ホタルの見聞録書いてね
みちのくが始まる街からの通信 7:6
あまり暑くなく過ごしやすい一日でした。北上を続ける台風だけが心配です。
午前中ご来店のMさん、静岡ご出身、日立退職後は悠々自適のお暮しのご様子、時々我がHPを覗かれておられるそうで有り難いです。Mさん、近年は市の生涯学習センター企画の自然観察会で勉強中とか。先月には真弓山に登って杉の大木を見たり、ごく最近は深夜のホタル見学会にも出かけられたという。「私もそのうち行こうと思ってたんですよ」「もう源氏は終わりで平家が飛ぶそうです」「真弓山の杉には圧倒されましてデジカメの写真をメール友達に送ってあげたら何人か行きたい方が出まして、土曜日に行く計画を立てたんですが・・・」「残念ながら台風で延期かな?」「この街に骨を埋める積もりですから色々街を勉強しますよ」「そうですね、常陸太田は古代、戦国、江戸と時代を越えて史跡が多いし、南限北限の植生も豊富ですから素材は無尽蔵にありますよ」。楽しい会話でした。

慈恵医大の対応
みちのくが始まる街からの通信 7:7
台風は避けられそうもなく今夜から明日にかけて我が街は久々に暴風雨の直撃を受けそうです。
せめて被害が最小限で済むように祈りましょう。
今日は慈恵医大の気持ち良い対応を記しましょう。病院の給食センターにお勤めの女性が来店。定期検便の結果、「ヒトブラストシスチス」という寄生虫の可能性が出たそうなのです。私は知らない虫でしたので、広域駆虫剤を発売している有名メーカーに電話しました。学術部でも詳しくは判らず、慈恵医大熱帯医療研究室と慶応大学寄生虫研究室の電話を教えてくれました。時間はもう夕方の6時過ぎです。「病院に勤めてるんだから調べてもらったらどう?」「病院からどちらかの大学に問い合わせてもらったら?」と言って帰ってもらっても良いんでしょうが、せっかく私どもを頼られて来られた方、心配で一杯のの表情に少しでも応えられたらとの想いから、思い切って電話しました、慈恵医大に。研究室内線に出られた先生は、「いやあ、惜しかったです、その道の権威のオオトモ教授はたった今帰られたばかり。私も詳しくは不明なので、早ければ明日、近日中に必ず教授から先生にお電話するようにします」と言ってくれたのです。その旨を女性にお伝えしまして、判り次第お電話しますから、とお帰り頂きましたが、直接的には関係のない一薬局の質問に丁寧な対応をしてくれました慈恵医大の研究室に御礼申し上げます。
さて、今、入った情報!今度は武田薬品のマイティアSGに毒を入れたと、脅迫状が送られたそうです。何というおぞましき時代なのでしょうか?

賀川豊彦と雪印
みちのくが始まる街からの通信 7:8
大きな被害がなく台風3号が去りました。
雪印創業者・黒沢酉蔵翁は我が街の出身という事は先述しましたが、有名な賀川豊彦が黒沢翁について書いた文献を見つけましたので抜粋を記します。
「私が黒沢氏を知ったのは大正12年頃です。(中略)以来、私が常に主張してきました乳と蜜の流るる村の建設、即ち酪農による美しい農村社会の実現に協力してくれた敬愛する同志です。北海道の酪農が今日の盛況を見るのは黒沢氏を中心とするクリスチャンの数十年の弛まざる犠牲的努力の結果です。(中略)今日思想が混乱する日本で、日本農村の青年を正しい民主的なデンマークのような社会に創り上げるには黒沢氏の如き知と熱のある指導者をおいて他にないと信じます。日本酪農の振興、牛乳及び乳製品を豊富に生産して国民生活の向上をはかるためのその道の権威者・・・(後略)」(昭和24年)。
また、豊彦夫人のハルさんも「黒沢さんは若き日より社会正義と隣人のために一貫して働かれた先生。黒沢先生と賀川はデンマークの組合精神に日本農村のあるべき拠り所を共に求めていました」。
創業者理念から時が経ち、奢り高ぶりから今回のような不祥事を招いた雪印。先行きは不透明ではありますが、何年か先の復権のためにも黒沢翁の真髄を再び想起してもらいたく、これからも黒沢エピソードを載せていきたく思います。願わくば社員の目に留まれば、との思いを込めて・・・。

どうなるか?自民党の明日?
みちのくが始まる街からの通信 7:9
台風一過、さわやかな抜けるような青空の素晴らしい朝でした。
朝のテレビで自民党の若手代議士、石原さんや河野さんが自民党の明日を創る会について熱っぽく語ってました。HPで意見を受けます、って言ってましたので次の意見を出しました。
「 かつて自民党は何度も危機があった。その都度、執行部を批判する若手グループが登場、党の実体は変わらないがしかし、党のイメージはアップして、次の選挙で盛り返す、そんなパターンが多かった。今回はそういう誤魔化し図式は通用しない。(過去の若手が誤魔化したのではなくても結果的には国民にはそう写った面あり)今朝のトーク番組でも出てたが、一気に若返らせて、石原氏でも田中氏でも河野氏でも、首相になる方向を見出してほしい。でもその前に、小泉氏にやらせてそれを若手が支える改革も期待が持てる。旧式エンジンでは沈没です、確かに。それから今度当選した新人をこの明日を創る会に早く入れるべきです。私の地元では、梶山二世ですが、今度逢ったら「創る会で学び行動があなたを創る」と言おうと思ってます。」。
まあ、自民党でも民主党でも何党でもイノベーションできない政党は凋落しますよ。政治が益々面白い時代が早く来れば良いな、と思います。
時々遊びに来るバングラの青年、先ほど私と親友の靴店社長I氏に「今夜、ホワイトカレー作るから食べに来ない?」。9時、10時まで仕事ですから私は遠慮したかったのですが、I氏「彼も寂しいんだよ、行こうよ」てな訳で、まもなくちょっとだけお邪魔してきましょう。さて初めて食するバングラデッシュのカレーの味は?

アジアの異国情緒と嬉しい電話
みちのくが始まる街からの通信 7:10
梅雨明けを思わせる一日でした。きっともう数日の雨があって本格的な梅雨開けとなるのでしょう。
さて昨夜は、友人I氏と二人でバングラデッシュの青年のアパートを訪問。香辛料をたっぷり使ったルーから手作りのマトンカレーを戴き、彼の結婚式のビデオを見たりアルバムを拝見。文盲率も高く、結婚式などをしないカップルも多い中で、日本円で400万もかけて4日間も結婚式・披露宴をされた青年の家庭はきっとバングラでも中流以上なんでしょう、かなり美人の奥さんは先ごろ四年制大学を卒業された法学士だそうで一時は弁護士を目指したとか。
さてそのアルバムの中にあったスナップ一枚が下記の写真です。彼の家の屋上からダッカの市街地をバックに撮った一枚で、何かのパーティーの後の彼の姉妹や姪だそうです。「今夜はバングラにミニ海外旅行した気分だね」とはI氏の感想。時々遊びにくる青年の母国での素顔の一端が判って私も楽しかったです。
さて、過日、慈恵医大に問い合わせました不可解な寄生虫・ヒトブラストシスチス。その道の権威・熱帯医学研究室の大友教授からお電話を頂きました。恐縮です。教授のお話は要約次のようです。
「アメリカから入ってきた寄生虫・原虫類ですが、我が国での症例は多くなく、持っていても健康に著しい障害を招くことはないでしょう。治療内服薬はトリコモナス原虫などに効果のあるメトロニダゾール系でしょう」。早速、相談の患者さんにアドバイス電話をかけときました。

清原の気迫
みちのくが始まる街からの通信 7:11
札幌円山球場で行われた巨人広島戦。ジャイアンツの打棒が爆発しましたが、中でもあの清原が見事に復活しました。二軍で黙々と基本からやり直して、顔つきも精悍に変わり、上せた思い上がりを排して挨拶も出来るようになり、ただ一球に向かう、そのひたむきさがひしひしと伝わってくる真剣な表情・・・。まさに飛田穂州が言う一球入魂。今日は記念の400号場外ホームランを放ち、おまけに401号も打ってしまった復活。もう清原は終わった、引退しかない、とまで思われたついこの間までが嘘のようです。やればできる、どんな苦境に落ちても、一点を見据えてただひたすら最初からやり直す、努力に努力を重ねる、そうすれば必ずや神様は微笑んでくれる・・・。
全てに通じることですが素晴らしい見本を示してくれた清原君、有り難う。

猛暑の合同葬
みちのくが始まる街からの通信 7:12
うだるような猛暑の中、故梶山静六元官房長官の地元での合同葬がパルティーホールでしめやかに行われました。会葬者はゆうに一万人を越えたと思います。下旬には赤坂プリンスで森さんが葬儀委員長になる自民党葬があるそうです。会場でネットでもおなじみのキンタロウさんに会いました。
午前中のレスで3年前のスピード違反を書きましたが、県警本部から電話が来まして、「反則キップを探し出しました、午前10時頃、常磐高速道でパトカーに・・・」。思い出しました、今います支店の新店舗を作るための調査で、群馬県伊香保インター近くへ行こうとした日に、夕方までに帰るため少し飛ばした違反でした。ああ、記憶が戻って良かった・・・。

ライオンズ例会
みちのくが始まる街からの通信 7:13
蒸し暑い日でした。
夕方7時からライオンズクラブ新年度第一例会に出てきました。私は一年理事、ふるさと活性特別委員長&環境保全副委員長です。まあ、さしたる予算もありませんが来年6月まで楽しみましょう。
で、委員長としての先ほどの抱負は次の通りでした。
「桃の補植・消毒、山吹を増やす運動に加えて、ホタル元年にしたい。かつては水浴びが出来た源氏川。汚れて久しい。まず源流を訪ねる探訪で現状を把握、数年後には夏の夜、ホタルの乱舞が実現できるようにしたい、そのスタートの一年に」。

夏のスポーツ
みちのくが始まる街からの通信 7:16
暑さのせいでしょう、アセモの患者が多いです。季節の健康情報(先ほど更新)にも書きましたが我が店には特効薬がありますので相当ひどい方でもすぐに改善しまして喜ばれています。
いやあ、夏のスポーツは面白い!。石井に押さえられて打てなかったジャイアンツが、ヤクルトの投手交代を捉えて五十嵐の速球を清水、元木、そして清原が打って逆転した。松井が打てないのは残念だったが復活・キヨが劇的な起死回生の2ラン。うかうかしてると巨人の4番は松井から清原に戻るかも知れない。
女子プロゴルフも好きな塩谷が3位に入り、夏から秋に向けていよいよ本領発揮かも。

茨城の小さな旅募集
みちのくが始まる街からの通信 7:17
健康診断を受けたのは何年ぶりだろう、市の保健センター主催の検診をしました。まず異常は無いでしょう。
県庁での会議は大好き茨城・共創部会でした。議題はいくつかありましたが「大好き・いばらきの旅」作品募集を皆さんに逸早くお知らせしましょう。この夏から秋にかけて、茨城県の小さな旅・思い出の旅の印象記、写真、イラストなどを募集します。例えば、県北・奥久慈ののどかな野山散策で味わう人情とか、車椅子で行ける旅、ペットと一緒の旅、埋もれた名人に出会った旅、などなど県内外の方々が茨城のどこかを旅した感動を募る企画です。詳しくは8月初旬に募集要項ができます。最優秀はウン十万円相当賞品に賞状かも。その他上位入賞者に賞品用意しますよ。

地球縦断中のBBSから
みちのくが始まる街からの通信 7:19
暑い日でした。
北極から南極まで自転車で走破中の早大生・石川直樹君(23歳)のモバイルHPを今、覗いて来ました。17日、ワシントンに到着、全行程の3分の1を走破したそうです。
で、彼の掲示板に以下の書き込みとレスが目につきましたので、転載いたします。

逃走1300キロ ●網谷
高校の野球部の後輩4人を金属バットで殴って重軽傷を負わせ、その直後に母親をも撲殺し、
自転車で逃走していた高校生が犯行から16日後の昨日、逮捕されました。
なんと、岡山から1300キロも走り、秋田県で・・・
P2Pのみなさんと同じように、毎日、自転車で80キロくらい走っていたわけです。
一日中、自転車で走り、夜は野宿。同じようなことをしているけれど、なんという違い!
そこには達成感も充実感も、仲間と分かちあう感動も、将来への夢もない。
人を殺す前に、走りだせばよかったのに・・・
暑い中、ひたすら走って、疲れて眠って、そしてまた海を見ながら走って。
そしたら、恨みや怒りなんて、どうでもよくなったかもしれないのにね。
この少年は、日本海に沈む夕日を見て、きれいと思ったろうか。

Re: 逃走1300キロ ▽石川直樹
痛ましい事件ですね。違う文化に敬意をもつこと、自然を尊敬すること、お互いを尊重すること、これらはぼくがいつも心に留めていることです。二度とこのような事件が起こらないことを祈りつつ。ではまた!!

下手の横好き
みちのくが始まる街からの通信 7:20
はっきり言って語学は苦手だ。でも好きです。朝は食事を作りながら、ラジオやテレビで英語、ハングル、フランス、ドイツ、ロシア、イタリアを手当たり次第聞いてます。だだ聞くだけですが・・・。外国人とその国の言葉でこんちは・サヨナラだけでも言えたら良いな、程度で聞いてます。今朝は若い学生たちが教育問題でディベートをやってまして、終わってからそのHPを訪問しましたらいろんな書き込みがありまして楽しみがまた増えました。
そうそう、その番組で先生が言ってましたが、ペラペラ喋らなくても、片言で朴とつと話しても、問題はその方の母国語による内面性、考え方が基本です、とのことです。普段しっかりした意見や問題意識を培いましょう、ということでしょうか。

ビルゲイツの凄さ
みちのくが始まる街からの通信 7:21
昨夜はBSで立教で講演された彼の話が流れてました。一日に届く数百通のメールの内、80通に毎日2時間かけて返事を書いているのも凄いことですが、彼は今も発展途上意識を忘れずに謙虚なひたむきさをバネにPCソフトやネット世界を生きていることですね。そして今一番の関心の的は、家族との触れ合い、子供たちとのスキンシップだそうです。イギリスのブレア首相もそうですが、西欧人のマイホーム主義はまだまだ、日本人は真似すべきことかも知れませんね。


親友の死
みちのくが始まる街からの通信 7:22
猛暑の中で親しき友がこの世を去りました。K・Y君、52歳。山間の特定郵便局長。代々郵便局長の家に生まれ、関東郵政局各地を転勤し2年前から実家を継いだ。2、3年と県立太田一高のクラスメート。大学を出て就職してから親しくなった。何度も酒を飲んだ。議論もした。彼は常に冷静沈着で泰然自着、その様は兄貴分だった。あれは何年前だったろう、「家の下を流れる里川は奇麗だぞ。いつでも良いよ、魚釣りやってバーベキューやろうよ」って何度も誘われたっけ。結局忙しさにかまけて実現はできなかった。でも、蔦の絡まる図書館教室で2年間、薫陶を受けた担任のN先生を囲む親しきクラスメートの宴会では常連の中心メンバーで、彼がいない懇親会は考えられなかった。けして自ら誇示するわけではないが存在感の大きい人物だった。鹿島郵便局の課長だった時には、ちょうどアントラーズが誕生したばかりで記念切手やシールをプレゼントされたこともあった。今大学2年の息子が中学生の頃、我が家で暑気ばらいをしていた時、「息子が太田一高行かないって言ってるんだ」って言った私のグチに息子を呼んで「駄目だぞ!絶対行くんだぞ!」ってハッパをかけてくれた。母校愛が強い男だった。体調を崩してからだったと思う、今年創立100周年のための募金活動の集まりが悪いのに業を煮やして「我が学年の水準が極めて低い。なんとかしなくちゃならない!」と具体的な徴収方法を書いた親書を頂いたこともあったなあ。
一ヶ月前、自宅で点滴中にあった時は顔色も良くなり、早く完全職場復帰が出来れば良いなあ、と期待してましたが、今日午前中、筑波大で息を引き取られたという。親族のお話ですと、母校・太田一高が高校野球県大会でベスト16に残ったのが嬉しかったらしく、あすの4回戦を楽しみにしていたという。ご冥福をお祈りします。

仲間に伝達・YK君の旅立ち
みちのくが始まる街からの通信 7:24
今年一番の暑さだったかも知れません。
私の高校時代、思い切って勉強もしなかったし、スポーツに打ち込んだ汗も無い。だが結構思い出は詰まってる。特に2、3年同じクラスで机を並べたクラスメートとは今でも数人はなかなかの親交があります。思い出の共通項で筆頭は図書館教室です。別棟の図書館の二階が我々の教室。本館から離れた蔦の絡まるその風情は、今でも「良かったなあ、何となく・・・」と話題に出ます。そこで僕らは、人間なぜ生きるかを語り、疑問点が出たら休み時間に下の図書館に降りていき調べる、先生の講義に問題があれば即座に指摘、徹底的に真実探求の旅に出る・・・。生徒会長も僕らのクラスにいた。実現はしなかったが、高校生も社会問題に関心をもつべきだ、と受験勉強なんてそっちのけで、社会科学研究会設立運動も起こした。発起人の一人は私だった。担任の中村先生がそして良かった。英語が専門でしたが、クラス全員の生徒の心をじっと見ておられる先生で2年間、人生の味わいを感じる薫陶を受けました。県の教育次長を辞められた後、地元常陸太田市の教育長を永年されておられます。親友・YK君のご逝去を先生にもお知らせしましたら「まだまだ早いのになあ」と落胆をされてました。そういう比較的自由な雰囲気があったクラスだったからか、取りたてて出世をした者はいないけど、皆それぞれに自分の人生を切り開いて楽しく生きている連中が多い。最も多い職業はやはり高校の教師かな。10人近くはそうだ。5人に一人の勘定だ。そうそう、何年か前、NHK・徳川慶喜ドラマの一年間、水戸市役所観光課長としてテレビにもよく出たT君もクラスメート。YK君の死にびっくりしていた。当家からは電話で私に友人代表焼香をとの話しがあったので承諾しましたら、クラスメートから「弔辞をやれよ」と催促があり、当家に電話をかけまして押しかけ弔辞を述べさせて頂くことになりました。文具店で巻き紙を買っ
てきまして筆で書き始めましたら、あまりに下手な毛筆に嫌気が差し、結局、パソコンの毛筆体印刷で打ち出しました。明日は数人のクラスメートに暫くぶりに会いまして、皆でYK君の安らかな旅立ちに立ち会いましょう。

故梶山洋治君よ安らかに
みちのくが始まる街からの通信 7:25
YK君の葬送の儀はしめやかに執り行われました。
以下は私の弔辞「YK君よ安らかに・・・」です。

洋治君、君の訃報に接し、僕たち太田一高第十八回卒クラスメートはあまりにも早すぎる旅立ちに呆然と立ちすくんでいます。

君とは何度も酒を飲みました。議論もしました。君は常に冷静沈着で泰然自若、その様はまさに兄貴分の風格を漂わせていました。あれは何年前だったでしょうか、「家の下を流れる里川は奇麗だぞ。いつでも良いよ、魚釣りやってバーベキューやろうよ」って何度も誘ってくれましたね。思い出します。結局忙しさにかまけて実現はできませんでした。
でも、蔦の絡まる図書館教室で二年間、薫陶を受けた担任中村洋一先生を囲む親しき仲間の宴会では常に中心メンバーで、君がいない懇親会は考えられませんでした。君はけして自分を誇示するわけではないが存在感の極めて大きい人物でした。
鹿島郵便局の課長だった頃には、ちょうどアントラーズが誕生したばかりで記念切手やシールをプレゼントされたこともありました。

今大学二年の我が息子が中学生の頃、我が家で暑気ばらいをしていた時でした。「息子が太田一高行かないって言ってるんだ」私のグチに心配した君は、息子を呼んで「駄目だぞ!絶対行くんだぞ!」とハッパをかけてくれたこともありましたね。
君は母校愛が極めて強い男でした。体調を崩されてからだったと思います、今年創立百周年のための募金活動の集まりが悪いのに業を煮やした君は「我が学年の募金水準が極めて低い。なんとかしなくちゃならない!」と具体的な徴収方法を細かく書いた親書を出されたこともありました。
ご親族のお話ですと、愛する太田一高が高校野球県大会でベスト十六に残ったのが嬉しかったらしく、息を引き取る間際まで応援していたとお聞きしました。
一ヶ月前、自宅で点滴中にお会いした時は顔色も良くなり、早く完全職場復帰が出来れば良いなあ、と期待をしていましたが残念無念です。運命には逆らえません。
どうか、君の大好きな奥日立・中里の水と緑の大自然からご遺族の行く末を君のあの優しいまなざしでお守り下さい。

多感な青春期に知り合い友情を深め合った高校同級生を代表し心からご冥福をお祈り申し上げます。
洋治君、どうか安らかにお眠り下さい。

平成十二年夏
太田一高第十八回卒
川又 愼

年一クラス会を約す
みちのくが始まる街からの通信 7:26
昨日の葬儀の後、我らクラスメートはわずか4人でしたが日立市多賀の寿司屋に行った。
お店の近くにビルを構えた地銀支店長K・K君のおごりだ。記憶力が並外れている生き字引みたいなH・W君、中学教頭のT・T君と私の4人は暫くぶりに旧交を温めた。やはり亡くなった洋治君の思い出が中心だった。K・K君は我が弔辞に「泣けて泣けて仕方なかった」と言ってくれた。H・W君は洋治君が好きだった大木惇夫作「戦友別盃の歌」を持ってきて詠んだ。「言うなかれ 君よ 別れを 世の常よ また 生き死にを 海原のはるけき果てに 今や はた 何をか 言わん 熱き血を捧ぐる者の 大いなる胸を叩けよ 満月を盃にくだきて 暫し ただ 酔いてきよえよ 我が征くは バタビヤの街 君はよくバンドンを突け この夕べ 相離るとも 輝かし南十字を いつの夜か また共に見ん 言うなかれ 君よ 別れを 見よ 空と水うつところ 黙々と雲は行き 雲は行けるを」
この4、5年、クラス会をやってなかった。誰からともなく声が出た。「一年に一度は集まろう。もうあと何回出来るんだ、元気な中村先生を囲むクラス会が・・・」。幹事役の一人だった洋治君はいなくなったがこの4人が中心になり年一回を恒例に青春の血を燃え滾らせた図書館教室クラス会を再開することを約束して別れた。

歯磨き5回
みちのくが始まる街からの通信 7:27
半年続いた歯医者通いも一段落しました。月に一度の定期チェックになりました。
お陰で虫歯の治療は完全に終わりました。あと数年は大丈夫でしょう。歯医者に行くようになって大きな収穫は、今まで一日に1、2回だった歯磨きが三食後、及び起床時、寝る前と5回の励行を心がけるようになったことかな。そして時々見られた歯茎からの出血が全くなくなりました。正しい歯磨きは健康な歯茎と歯を作るんですね、改めて感じました。
口腔が清潔だと食べ物も美味しい。今夜はライオンズの例会。いつもは例会場が商工会館ですが、今宵は割烹です。きっと暑気払いも兼ねてるのかな。カツオの刺し身でビールが美味いだろう。
いってきまーす。

真昼の露天風呂
みちのくが始まる街からの通信 7:31
親友が旅立ってからポッカリ穴があいたような空しさが周囲に漂っています。心の疲れもある・・・。今日は思い切って数時間、休もうと思い、スタッフに任せて昨年市内に出来た温泉に行ってみました。AM11時半です。夏休みだからかな結構混んでました。8種類の浴場がありました。露天風呂に入り、生ビールを飲み、マッサージにかかりリラックスルームへ。リクライニングシートにはイヤホーン付きのテレビ。大窓からは青い空に白い雲、夏の日差しに煌く緑の木々、テレビは民主党の新人・水島さんが代表質問をしてました。清々しい演説でした。再び露天に入りPM3時過ぎまでのんびりしました。少しは元気が出たみたい・・・。

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