みちのくが始る街からの通信 2001:3月分
哀れなる武士
みちのくが始る街からの通信 3:1
冷たい雨が一日中。こうやって花の春が来るのですね、毎年。
昨日の村上さんの国会喚問、まもなくやってくる逮捕を見越した悲壮感が漂いドラマティックな哀れを感じる2時間だった。奢れるもの久しからず・・・現代の平家物語を見る想い・・・。どこまで本当かわからないが、筋を通す方らしく、「監獄には差し入れはいらない。麦飯を有り難く戴く」と身近な方に語っているという。現代のもののふを貫きたかったのだろうが・・・。
村上さんだけじゃないでしょう、金権政治屋は。きっと自民党の大物の大半は同じ穴のムジナでしょう。今こそ自民党はすべての腐敗や膿を出し切らないと日本の未来はないですよ。

市長との懇談会
みちのくが始る街からの通信 3:2
今夕は現市長主催の「明日の常陸太田を考えるつどい」がありまして、只今帰還しました。市会議員や町内会長を除いて、市内のおもだった方々40人が呼ばれました。市長からのお話は、まもなく完成する丸太活用の大きな福祉会館、賞金100万円の黄門の里・絵画の甲子園企画、市の鳥・カワセミ選定などでした。
質問タイム。いつもトップを切ってご発言の眼科医・N氏は「我が町には利用者が少ないという理由でADSL回線がいつ来るかわからない状態。せっかくインターネットで都市と地方の距離が狭まったのに、これではまたまた格差が開く。ネットベンチャービジネスもこの街では生まれない。市の施設でADSL活用の拠点づくりをすればNTTも腰を上げる」と要望。好質問でした。
私は、空席の教育長人事について。「(恩師だった)N教育長が退任されて後任は誰になるか注目の一件。市長はどういう視点から選任されるか?教育界、校長上がりの中にはおべっかや要領など教育理念のない人物も多い。個人的に、いや市民として、そういう方にはなって欲しくない。純粋な教育的情熱に燃えた方を是非選んでほしい」と要望しました。

更新PR
みちのくが始る街からの通信 3:3
健康情報新聞「膀胱炎・植物油と動物油」をアップしました。
写真は尾瀬の早春近しです。

白川さんのHP
みちのくが始る街からの通信 3:4
今日もテレビは朝から夜まで政局の行方が多かった。今一つ議論が盛り上がらないのは、参議院選挙、あるいは結構早めに訪れるかもしれない解散総選挙などをキッカケに起こるだろう、政界再編を見越した形で、ポスト森は暫定政権になるという見通しのためかもしれない。それはともかく、数日前に書いた白川勝彦氏からメールが来まして、自民党脱党して開いたHPが一ヶ月で28万アクセスに達した、決起は間違っていなかった、という。
ここがアドレスです。

今日の国会
みちのくが始る街からの通信 3:5
森内閣不信任案が上程され予想通り否決された。鳩山さんの提案理由は今一つ迫力不足でしたが、それ以上に説得力なきは尾身自民党幹事長代理の反対討論でした。幽霊会員問題などを鋭く指摘した共産党の穀田さん、自由党の方の賛成討論は中々聞き応えがありました。加藤さんら7人は前回の筋を通してか欠席。
演説を聞いていた与党議員の何人かは、きっと心の片隅で野党の主張に肯いていたはずである。しかし、派閥の締め付けや党議拘束で不信任案には反対投票、予想通り274対192の大差で不信任案は否決。いつも思うのですが、こういう投票行為を党議拘束をかけずにフレキシブルに党派を越えて議員各位の自主的判断に任せたら面白いし、国民感情、有権者意識とあまりずれない結果が生まれるのではなかろうか。
今、良識ある日本国民の大半は、庶民・国民感情と遊離した永田町論理による政治の有り様に辟易しているのである。一つの例が、我々の血税が機密費の名の下に国会こう着打開の裏金や不逞役人の私的遊興費に使われていたのが判明しても何らの反省を見せない政府や与党の感覚に反吐がでるのであり、金権や権謀術数に長けたオールドパワー政治屋が牛耳る権力構造にハラワタが煮えくり返っているのである。明日からの政局はきっと、森さんの退陣に向かって少しずつ進み、アッと驚くようなこともなく次期政権が生れるのでしょうが、ともかく、国民の皮膚感覚と大きなギャップがある形式民主主義、茶番劇のような不信任案採決は終わった。そして再び空しさと言い知れぬ政治不信がつのった。

初体験アイモード
みちのくが始る街からの通信 3:6
アイモードが2000万台とかのニュースがありました。私はどうもあの小さな画面が苦手で食わず嫌いでしたが、今夕、思い切って実験的なアイモードページ作成をやってみました。サーバーに送っていざ携帯で見てみたら、アンノウン。案の定、初歩的ミスでした。携帯のURL入力に最後のhtmを入れ忘れ。明日からの仕事にアイモード版作成が入りそうですが、問題はどうやって多くの方に見てもらえるようにするかが一番の課題ですかね。

深夜便・こころの時代
みちのくが始る街からの通信 3:7
今日はスギ花粉が関東でも多く舞うそうです。気をつけましょう。
人間、心の持ち方が一番大切ですね。幸せも不幸もそれで決まります。そういう観点で私は大きく参考になった2年前のラジオ深夜便、「もとはこちら」人生哲学・現代の覚者:平井謙次先生が8、9日の明け方、再びNHKラジオに登場します。以下に「もとはこちら会」掲示板に紹介の予告を転載します。是非お聞き下さいませ。
お知らせ 投稿者:事務局  投稿日: 3月 2日(金)18時29分50秒

NHKラジオ第一において、
来る3月8日(木)・9日(金)の2日間
早朝4時のニュースのあとの45分間ずつ
ラジオ深夜便「こころの時代」において
平井先生の講話「自分を育てる」が放送されます。

うんこ・しっこのお話からお化けのお話まで、
言語に絶する壮絶な闘病の中から
「この日常こそが西方浄土である」と言い切る、
現代の覚者 平井先生のお話です。
お話の聞き手は NHKこころの時代担当/金光先生です。
是非 是非、早起きしてお聞き下さい!


本番!花粉症
みちのくが始る街からの通信 3:7その2
今朝の天気予報で言っていた通り、茨城県北一帯も今日から本格的なスギ花粉シーズンに入りました。来店客・患者の3、4人に一人は花粉症という感じでした。予想では昨年の7倍の花粉飛散度と言われていましたが今日の様子を見ますと当たりかも知れません。ちなみに20代からずっと引きずっています私も今朝からいささか鼻ムズムズ感が出てきました。免疫調節のアレルギー対策をやってますから年々、軽く過ごせます。症状を緩和する対症療法剤は一般の患者さんの3分の1以下の量で平気です。根本療法は根気と時間が肝腎ですが、こうした免疫対策は一方でガン予防でもありますからネ。あ、そうそう、花粉症カネのかからないワンポイント情報は、夕方から寝るまでの水分を控えめにです。

アガリクスを買った老人
みちのくが始る街からの通信 3:8
朝、開店してまもなく老人がご来店、「おたくはH先生の息子さんかい?」そうですが・・・。「わしは君の兄さんを高校生の時担任したことがあってね」と話し始めたその内容は・・・。
「放課後の教室の掃除のやり方を私は担任として毎日観察していた。君の兄さんN君だけは陰日なたなくいつもコツコツ丁寧にやていた。その姿に感動していた私は息子さんを褒めてやってください、とお父さんに手紙を出しました。今は千葉県で高校の物理の教師をされてるんだよね。あの情景は今でも良く覚えてる。」
兄はシュバイツアー博士や湯川秀樹博士を尊敬、東北大理学部が第一志望でした。しかし失敗、茨城大教育学部が受かったが一浪して再挑戦を望んでいた。小学校長の薄給、次に控えている次男の私の学資への心配からでしょうか、父母の判断は「せっかく受かった大学。勿体無いから入ってから考えたら」でした。数日間苦悶していた兄の姿を今でも思い出します。根が優しい兄は結局、父母の言うことを聞いた。茨大を出て茨城県の小学校に勤めたが2年で退職、大学院の聴講生になったが物理学研究に25歳は遅すぎる。再び教職の道に戻り千葉県南端の鴨川の高校に奉職、30年が過ぎあと僅かで定年を迎える。ご来店の老人から思いがけずに初めて聴かされた兄貴の高校生活の一端、大学受験にまつわる遠い日の思い出と重なってなんか涙が零れそうになってしまった。
老人はガン宣告を受けた妻に少しでも長生きして欲しい、とアガリクスを求めて帰られた。「そろそろ畑仕事も忙しくなる。手術から生還した妻は息子に農作業の指図が出来るまで回復した。いつまででも畑に立つ妻を見ていたいからな」。感動的な購入目的だった。

ロートルは去ろう
みちのくが始る街からの通信 3:9
昨日の朝日の論壇に元自民党代議士・栗原祐幸さんが良いことを書いていました。かつて福島出身の清貧の政治家・伊東正義さんが竹下さんの後継を断った時の名文句が「本の表紙を変えても中身が変わらなければナンセンス」、今、小泉さんがそのセリフを引用していることに関してのエッセー。
栗原さんは言う。国民の政治不信に自民党は全く反省のかけらが見えない、政権の中枢にありたいという派閥のエゴはむしろ激しさを増している、政治家の言葉に国民が信頼を持たないのは政策の善し悪しよりその政治家の人格に疑問を持つからだ、無党派層はけして政治に無関心ではない、変化と改革を求めているのだ、政治家の世代交代が絶対必要だ、伊東さんにならって中曽根・宮沢さんら70過ぎの古株議員は仲間を誘って「バッジをはずし後進に道を譲ろう」と言えば、自民党のみならず日本社会全体が活気づくのではあるまいか。貴重な意見だと私は思います。

大好き茨城・太田版
みちのくが始る街からの通信 3:10
大好きいばらき県民会議(会長・知事)の常陸太田在住のネットワーカー20数人の組織化を目指す会合が今月下旬、行われることになり、今日、市役所から案内状が届きました。これまで横のつながりがなくまとまった活動が出来ませんでしたが、新年度に組織が誕生すれば前進します。企画運営委員として県レベルのセクションの末席を汚してるものとしても地元の組織づくりが遅れていたことにいささかヤキモキしてました。活発な運動体になるようアドバイスしていきたいと思います。

法要
みちのくが始る街からの通信 3:12
今朝は小雪がぱらつきましたが日中は晴れました。昨日の法事でいささか神経が疲れたのか居眠りに悩まされた一日でした。
仏縁というものなのでしょうか、偶々決定しました3月11日は37回忌の妻の祖父の祥月命日でした。「良い日を選んだね」とカミサンに褒められました。同じく父の後を追うように2ヶ月後に亡くなった義父の37回忌、あわせて義母の7回忌供養も行いました。深い縁のあるものだけ9人の静かな法要でしたが、少し前カミサンが押し入れから見つけ出した祖父の昭和11年の日記を私は、皆さんに読んで聞かせました。正月2日に娘と晴れ着を買いにバスで水戸に行ったこと、玄人はだしの弓の寒稽古、断り続けた学務委員(今の教育委員か)推挙を料亭で町長に説得されてやむなく引き受けた話、2・26事件のことなどが書かれた日記。食事場所をその料亭に選びました。我が街の高台、斜面を活かした懸がい造りのその店は大正時代そのまま、少女の頃、時々顔を出した祖父を良く覚えている女将は私が読む日記に親族同様に感激してくれました。

雑感
みちのくが始る街からの通信 3:13
白銀の世界にびっくりした朝。我が街ではこの冬2回目の大雪でした。しかし春の淡雪は日中にはすべて溶けました。
自民党大会、執行部とその取り巻きだけが知っている秘密のベールを被ったセレモニー・シャンシャン大会・・・。もっとストーリーがオープンで開かれていないと本当に解党の時期を迎えるのじゃないかな。もっともこの政党も含めて日本の政界はガラガラポンの再編成が必要ですが・・・ネ。

出会いひとつ
みちのくが始る街からの通信 3:14
このところ暫くPCのトラブルに縁がなかったがまた、やってきました。見えない世界のことですから厄介千万ですね、PC疑問は。この掲示板、今月一杯で引越しなのですが、同じトワックスさんの新BBSを設定する作業を始めましたが、送られてきたパスワードをいくら打ち込んでもはねられてしまう。その度ごとに長いパスワードを何度も何度も入れ直しアーア疲れてしもーた・・・。PC歴4年、今までも何度も何度もトラブル難問をクリアしてきましたが、今度は手強いなあ。皆目見当がつかない。解決の糸口が見つからない。最悪の場合は、無料のどこかの掲示板を使うしかないかもね。
このトラブルで思わぬ出会いも・・・。今まで信州・長野の方との交流が無いに等しかったのですが、同じ悩みを抱えていた「しゅん」さんという団塊のオトキチ?と知り合えました。オートバイで田舎を巡るのが大好きな方、気づかない路傍の光景に光を当てる繊細さを秘めたエッセイスト。悩める時空にホッとさせてくれるHPがまた一つ増えた。

うずき
みちのくが始る街からの通信 3:15
自民党に会費を払っている(から会員なのだろうね)カミサンが昨夜の夕食時、ニュースを見ながら言っていた。「機密費問題!税金をなんだと思ってんだろうね、全く。何!新しい予算も同じ金額?自民党はもう駄目だ!」日本全国にはきっとカミサンと同じ気持ちになる自民党員がかなり増えているでしょうね。半ば呆れて覚めている方もいますが、国政への怒り、疑問、人生設計への不安は恐らく戦後では最大規模の深刻さと広がりをもって進行中と感じます。昔、学生たちは先頭を切って国の有り様に怒りをぶつけた。しかし、今、学生は小さな自己宇宙の殻に篭って行動を起こそうとはしない。クニの行く末より大切なのは自らの生活空間なのだろう。とすると今、この国の未来のために腰を上げねばならぬのは、世の中に情熱を持って向かっていったかつての学生、つまり団塊の世代なのではなかろうか、最近そんな心境になってきた・・・。

先見の明・挽回の極意
みちのくが始る街からの通信 3:16
今朝はなんか知らないがAM4時半に目覚めてしまった。6時には明るくなるだろう、なんて思ってたらとんでもない、その時間はもう燦燦と太陽が眩いオレンジ色を輝かせている。随分と夜明けが早くなったものです。
本店で(支店開店までの10時前は私、自宅兼本店にいます)朝一のお客様、昔から天然醸造のお醤油を造ってられるTさん。慶応3年のパリ万博にも出展したり、幕末の外科医学のはしり・佐倉順天堂創設者にもゆかりの老舗。「かわまたさん、私もやっとITへの取り組みを開始しましたよ」とTさん。3、4年前、私は市内の事業所にIT革命への対応として講演会を開催、独自ドメイン取得の先行取得を呼びかけました。その時のTさんは「時期尚早」とどちらかといえばケンモホロロの反応でした。その後急速に進むIT革命の嵐、「あの時は勘違いをしてました。インターネットはメーカーと消費者の直接取り引きと思ってまして、とすると、中間の卸さんへの迷惑がかかると考えてましたが、取り引きじゃなく情報提供という役目を私どもメーカーがしなきゃならないのですね、卸さんからも要望が強まって今、ホームページ開設の準備中です」との話でした。
人間、決められた時間の中、培った情報と思考で常に判断しなきゃならない存在。悩む時、読めない時、迷う時、誤る時は四六時中ですね。肝腎なのは出来るだけ必要最小限の最新情報を仕入れ、感性を磨き、正しい読みと的確な判断をすることですが、仮に間違ってもいつでもリカバリー・カムバックはできる。腐ったり焦ったりしないで、柔軟な発想で時代を生きる、ここぞ!という時に果敢に挑戦する意欲と行動が大切なのだろうなあ、と思った朝でした。

山形由美と秋田の殿様
みちのくが始る街からの通信 3:17
私の入ってます常陸太田ライオンズクラブ、この25日に創立35周年を迎えます。式典の前に記念サービスとして山形由美・松井久子ディオコンサートを行います。楽しみです。
姉妹クラブの秋田ライオンズからも20人がかけつけてくれますが、佐竹北家のご当主夫妻もお出でになられるとか。我が祖先も国替えの折り、秋田に行ったものもいました。懇親会で歴史の話ができれば嬉しいなあと今からワクワク・・・。

謎の墓
みちのくが始る街からの通信 3:19
水戸黄門が生母・谷久子の冥福を祈るため建立した久昌寺。この寺の高台に我が家の墓がある。墓石はゆうに20個を超え、結構広い。すぐ左脇に墓石が半分以下の墓がある。同じく川又家の墓と書かれている。我が家の墓に至る10段ほどある石畳を登らなければ行けないところから判断すると、きっとかつては兄弟、分家の墓だろう。隣の墓石で最も古いのが今から200年前、寛政年間のようだ。すぐ近くに川又家と書かれた墓はあと二つあり、我が家では自分のところを済ませた後、必ずその二ヶ所は寄るが、隣の墓だけには一本の線香もあげる人はいない。かつて私は亡くなった叔父に理由を聞いたことがある。「本家を裏切ったものだ。縁を切ったものの墓だ」と切り捨てるような口振りだった。漢方薬種問屋をやり、藩命で水戸藩の焼き物を焼いた20代近い先祖の歴史の中にはきっと色々な栄枯盛衰があったのだろう。思うに江戸期に、手ひどい裏切り行為に直面した当主が血の破門を決断したことに由来する墓なのかも知れない。我が心の底には、昔の因縁・恩讐を越えて線香の一本も上げたい、と思う気持ちは山ほどある。しかし、代々受け継がれた因習をそう簡単に打ち消してしまってはいけない、という想いも深い。
明日は彼岸の中日。一足早く今朝、お参りしてきたが、謎の墓には今朝も線香は上げられなかった。

梅の小枝と一字考
みちのくが始る街からの通信 3:20
今日はお彼岸の中日。実父の墓には昨日の朝、お線香を上げてきたが今朝は車で5分の実家の仏壇に・・・。何も持ってくものがないので庭に咲いてる水仙の花を一輪。我が家は10年前新築してから先立つものがなく、庭つくりまで出来てませんが、実家は鬱蒼と庭木だらけ。父が好きだった。古い梅ノ木は今が盛り。香りに誘われて小枝を一本折ってきてお店の我がテーブルに。
毎朝、和白をまぶした梅干し一個と梅酒を杯一杯が定番の私、梅は食すのみならず見ても嗅いでも好きな樹木だ。花が咲き始めて大雪が降ったから今年は梅の実はハズレだとか言う方がいますが果たしてどうかなあ。
さて先週末に我がHP・かわまた交差点にもご紹介しています髭の和尚・兵庫県の西楽寺ご住職から思わぬプレゼントが届きました。和尚のHPにも連載されていました「一字考」の装丁本。漢字一文字を由来、意味から現代人の生き方の知恵まで言及するユニークな内容。シンプルな装丁にセンスを感じた。中身に入る前に、なんかこれ、梅の小枝に合うな、と思ってスケッチを開始。本日は鉛筆が太くてうまく描けないお粗末さ。まあ、梅の花が散らない内に描けたらアップできるかも???

堀田さんのオヤジの背中
みちのくが始る街からの通信 3:21
朝日の連載「おやじのせなか」は面白い。先日はロッキード検事から福祉ボランティアに転身、心血を注ぐ堀田力さんが教師だったオヤジを語っていました。教養を重んじ、モノカネに価値をおかず、貧乏を卑下せず、おおらかに自分を生きたお父様。子どもに対して自由放任だが、人様に迷惑をかけてはならぬ、だけは厳然としたルール。学生時代、堀田青年が共産党宣言を読んで、オヤジに「人が幸せになるには暴力革命も必要だ」と吹っかけたことがあった。堀田さんは言う。「腹の中ではとんでもないと思ったでしょうが、正しいと思うならその考えに従って生きなさい、って言いました。これには参った、こっちは少しも本気ではなかったのですから」。やはりオヤジはオヤジだ。一枚も二枚も役者が上だった。リベラリストとして自由が一番大切だという生き方を見せてくれた堀田さんのオヤジ、「検察キャリアを捨てて期待していたオヤジを裏切ったようですが、生きていればきっと、それで良かった、と言ってくれたでしょう」と語っていました。
利権や欲得が横行する現代社会で、その爽やかな生き方が美しい堀田さん、信州長野県で、田中知事の政策アドバイザーになる人事案件が議会の反発(脱ダム宣言のあおり)でぽしゃってしまったようですね。ちょっぴり寂しい話です。

閉店の波
みちのくが始る街からの通信 3:22
ごく最近、良く知ってる会社Aが無くなった。流通では名だたる親会社の方針で、10店舗を経営していたそのA会社を解散して8店舗を閉鎖、2店舗を親会社の直営にした。激動の経済戦争の中のリストラクチュアリングだろう。社長車の運転や店舗の保守工事を主業務にしていた知人は20日で退職したという。まだ50までに遠い。営業開発部長の知人は、今朝早く我がお店に顔を見せ「閉鎖した店舗の後処理や残務処理、今後の自分の身の振り方思案であと2ヶ月は息もつけない忙しさです」と寂しげ。同じ多忙でもこの10年以上、私が見てきた彼の姿は新規出店を目途に真面目に励む溌剌とした印象だけに、落差の大きさに息を呑むほどでした。
リストラ・閉店の波は本店があります我が街の旧商店街でも先月から凄まじく、電器屋さんが縮小・業種転換、化粧品屋さんと洋品屋さんが閉店。あと最低2、3年は生き残りをかけた経済再編の嵐が続くだろう。さて我が店舗も閉鎖の憂き目に遭わないように頑張りましょう。

無欲の栄誉か?
みちのくが始る街からの通信 3:23
東京芸大・日本画科オンリーで浪人していた甥が今日午後の発表で、晴れて栄冠を射止めた。確か今年で3度目の挑戦。親からは「他の私大でも」と薦められても頑固に一本槍を貫いてきた。過日、法事で両親と逢ったが、こちらも「今年は受けたの?」なんて聞けなかった。今日、上野の森に貼り出された合格掲示を見た時の本人の喜びはどんなものだったろうか。700人程受験して受かったのは僅か17人だったとか。まだ小学生だった頃、何度か逢った印象はちょっぴりはにかみやで素直な子だった。逞しく成長、初心を貫徹した彼に大きな拍手を贈りたい。門外漢が口幅ったいことを言うつもりはないが、これからが人生の出発だ。けして衒いやテクニックをもてあそぶことなく、持ち前の素直さ、純粋さで日本画の奥を究めてもらいたい・・・。とにかくおめでとう、S・K君。

茨城弁
みちのくが始る街からの通信 3:24
今日は朝の8時から夕方まで久しぶりに店舗を離れ筑波研究学園都市。大好きいばらき県民会議主催の行事で、初めて筑波国際会議場に行きました。県北の過疎地に住んでいてビル密集都市を走るのは久々、案の定、高速インターを下りてから会議場までで迷ってしまいました。着いたのは大幅に遅刻、10時前。役員さん方は8時半から資料の袋詰めにてんてこ舞い、ちょっとバツが悪かった。午前中は、県南・県西のネットワーカーさんが大勢集まっての活動推進大会。県内で既に1700人を委嘱してお住まいの各地で地域を愛する運動を展開中ですが、更に一層、機能するよう
な仕組みづくりをすれば、大変な大好き茨城運動が生まれるなあ、と実感しました。
午後は、正調茨城弁大会。「そうだっぺ(そうだろう)」「ごじゃっぺ(でたらめ)」など下品な田舎言葉の代名詞のような茨城方言。一説には高貴な公家言葉にゆかりがあるとか無いとか言われますが、古里の郷愁とも言うべき茨城方言を初めてテーマにしてみた催し。どうなるものか全く見当がつきませんでしたが、想像以上の反響で予想をはるかに越える来場者、用意した資料が足りなくなり立ち見の方も大勢という盛況。3時間の中身も多角的、「茨城弁でしゃべっぺよ」では会場は笑いの渦、研究者のアカデミックな分析解説あり、茨城民話コーナーあり、特産の藁づと納豆を賭けた茨城弁クイズで楽しみ、マスコミ数社も最後まで取材しており、来年も継続事業になりそうな新企画だったようです。

ふれあい
みちのくが始る街からの通信 3:26
昨日の疲れがまだ残っている一日でした。
そう、昨日は常陸太田ライオンズクラブ設立35周年記念行事が盛大に行われました。第一部は市民1000人に無料で提供した山形由美&松井久子デュオ・リサイタル。フルートとハープの美しいハーモニー。ビゼー「アルルの女」より「メヌエット」は聞きなれている曲だから日頃の神経疲労を慰めるのに打ってつけでした。一般聴衆はやはり日本の曲・荒城の月、花にうっとり・・・。アンコールの前に我が娘も壇上で花束贈呈の役。山形由美さんはドライブが好きなのか、マイカーで来られた。
第二部はメーンの式典。続いて夕方から昔の夜店を演出した立食パーティー。会場で橋本知事や大好きいばらき理事長の幡谷さんとも談笑を楽しみ、続いて場所を大洗海岸に移動、姉妹クラブの秋田ライオンズメンバーとの懇親会。一日中撮影部隊の一員でしたのでなんか疲れが・・・。でも旧知の長崎さんご夫婦(水泳の長崎宏子さんの両親)と久々に話したり、佐竹北家(角館)のご当主・佐竹敬久氏ともお目にかかれて嬉しかった。
音楽を通しての市民との触れ合い、催しでの知人との会話、歴史に繋がる友情の和、人と人との交流の素晴らしさを改めて味わった一日でした。

新まことの部屋へ
みちのくが始る街からの通信 3:31
こんばんは。長らくご愛用戴きましたこの掲示板は今夜をもちまして、今から閉鎖となります。本日夜からは新まことの部屋掲示板に変わります。トップページ・メニューからご入室・書き込みの程宜しく。今後とも宜しくお願い申し上げます。

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