みちのくが始まる街からの通信 1月21日〜2月7日まで
冬将軍&花粉症
みちのくが始まる街からの通信 1:21
遅かった冬将軍が遂にやってきました。それも暦通り大寒の日に。
昨日散歩で見つけたフキノトウ、夕べはサッと茹でてシンプルにお醤油で味わいました。一年ぶりの旬の苦みに熱燗が進んで少し飲み過ぎた目覚めでした。私が見つけて戴かなかったらきっとこの寒さに驚いてまた土の中にもぐってしまったかも知れませんね。
昨日までの暖冬の影響でしょうか、今日は今年初めての花粉症(スギ)患者が来店されました。
一人はまもなく始まるだろうシーズンを前に予防措置として漢方薬をのんでいきたいという賢明な女性。もう一人は風邪か花粉かは不明だが既にクシャミ鼻水鼻づまりの症状が始まって苦しそうな女性。
昨年夏の猛暑から今年は東日本で爆発的なスギ花粉が飛ぶ予測がなされています。今からできる予防法は夕方から夜の水分摂取を控えめに、塩分糖分は薄味に、ストレスをためないリラックス心の養成などかな。心の問題もあるんですよ、花粉症って・・・。
武双山優勝へあと一歩
みちのくが始まる街からの通信 1:22
今日は茨城県北の地域や家庭を博物館にしてしまおう、という壮大なネライをもつ「地域家庭博物館網運動」の里美村篇がありましたが、私は仕事で欠席でした。
鎧、刀剣、郷土の画家書家の掛け軸所蔵のS家、水府中学校民俗資料館、K家の山伏屋敷、かな料紙の製作現場、高宮神社の大カシの木などを一日かけて回ったようです。個人で持ってる「我が家の宝」を他人様にも楽しんで戴き、あわせて地域活性化にも役立てば、と元高校長ら歴史や自然に造詣の深い方々が音頭を取って活動を始めた動き。今後に注目していきたいですね。
今朝は今冬一番の寒さで戸外の水道が凍りました。でも日中は暖かくこの寒さも長くは続かないようです。春はもうすぐです。ところで大相撲、武双山が単独トップに立ちました。嬉しいです。
もし仮に優勝したらきっと悲願の大関でしょう。2月にはチョンマゲ姿破竹の勢い:雅山の小結昇進祝賀会があります。武双山も見えますが是非優勝の栄冠を手にお会いしたいなあ。
優勝おめでとう武双山
みちのくが始まる街からの通信 1:23
風も無く穏やかな日でした。
武双山が圧倒的な強さで初優勝を決めました。おめでとう。
7年前、彼が尾曾の本名で幕下付け出しデビューした時、私は直感しました。常陸山以来の大横綱が茨城県からやがて誕生する、と。しかし怪我の連続で平成の怪物の異名は名ばかり・・・。応援やめようか、なんて思ったことも。出島に先を越され、後輩雅山の台頭で今場所は顔つきが違っていた。
上を目指そうと決意新たにしたのが手に取るようにわかった。通算3場所31勝、規定では33だから今回の大関昇進はないでしょうが、来場所も大きく勝って夢を実現して欲しい。そして間髪を入れずに横綱を目指して下さい。雅山の活躍も素晴らしかった。貴の浪が大関復帰を果たしたのも良かった。涙に潤む表情にこちらもグッときました。
茨城県は昨年の臨界事故を筆頭に悪いニュースが続いていたが、武双山優勝は久しぶりに明るい話題で嬉しいです。
愛宕山参詣
みちのくが始まる街からの通信 1:24
今朝は町内会の愛宕山参詣。金砂郷町にあります小高い山の頂上にある愛宕山神社に町内全員でお参りし火災を出さない誓いをする恒例行事です。明治から大正にかけて我が街には大火が相次いでいたそうですが、火の神様であるこの神社をお参りする我が町内だけは難を逃れてきたそうです。
月に一度24日は二軒一組でお参りし、毎年正月24日の例大祭は全員でお参りが昔から続いているのです。そして今夜は町内にあります蕎麦屋さんで新年会を行ないます。そろそろその会合に行ってきます。
焼きリンゴの平和とあの鮮烈な深夜の恐怖
みちのくが始まる街からの通信 1:25
数日前山形の方からたくさんのリンゴを戴いたので、昨夜は初めて焼きリンゴをやってみました。
ネットで知人の秋田の桃さんがレシピを教えてくれたので・・・。くりぬいてバターと砂糖、シナモンを入れてオーブンで15分、この間に小麦粉、バターを練り合わせてパラパラにしておく。再びリンゴにこれをかけて15分焼く。出来上がった初めての焼きリンゴ、カミサンと娘は「うまーい」。
私はお酒に酔って冷えたそれを今日のお昼に食べてみました。想像以上の出来栄えでした。
さて、今日は寒い一日でした。でもあと一週間で節分:立春。花の春はもうすぐです。
スギ花粉症、今年は東日本が爆発的猛威の予測が出ています。要注意です。まもなく始まります。
さて今日の茨城新聞に昨日行われた「原発事故から被害を避ける法」講演会記事が載ってました。
脱原発派の槌田名城大教授が「10キロ圏は道路の封鎖が始まる前に車で逃げることだ」と呼びかけたそうです。あの晩、私も本当にそうしようと思いました。娘とカミサンに「最悪の事態を考えて逃げよう。柏の兄貴のとこでも東北の温泉でもどこでもいい、とにかく逃げよう、母を連れて」と何度も言いました。でも面倒くさいのか、まさかの爆発は起こらないといった期待感からか、腰を上げようとしなかった。一人で逃げるほど薄情者でもないので、それなら朝までテレビ速報を見ながらこの異常事態の成り行き顛末をこの6キロ圏の地元で見定めてやろう、もし仮に最悪のことが起きてもそれはそれで運命だ、家族揃って被害に立ち向かおう、と開き直りました。
そんな生々しい記憶はきっと生涯消えないと思います。爆発が起きてたら焼きリンゴは作れなかったでしょうね、きっと・・・。
友引の通夜
みちのくが始まる街からの通信 1:26
一般的には友引の日は通夜や葬儀はやらないと思います。ところが我が町の少しはずれのある地区で先週、友引に通夜があった。近くの60歳の男性Aさんはお手伝いをされた。2日後の朝、心臓麻痺でAさんが急死された。そのAさん宅も明日27日の友引に通夜をやるという。近所のあたりから「いやだねえ、また何かあったら」などと顔をしかめる話が出ているそうです。
どうなんでしょうか?私の知り合いのお坊様などは友引は何もないからゴルフを予定に入れるなんていう方もおられるんですが、友引の葬儀儀式について皆さんのご意見を伺いたいです。
旧県庁で楽しき会議
みちのくが始まる街からの通信 1:27
今日は大好きいばらき県民会議(会長:茨城県知事)の構想&企画運営合同委員会がありまして出席し今水戸から戻ってきました。
3ヶ月程欠席しまして暫くぶりの会合でした。まず良かったことは会議会場が水戸市大町の水戸城跡にある旧県庁だったこと。移転か立て替えかで随分議論があった新県庁。市街地から離れた新興地に移って、残された旧県庁は一年間、遺物のようだった。県民会議が運営をまかされて昨年暮れから各種団体が入居、昔ほどでなくても賑わいが出た庁舎。レトロ調の懐かしい建物なので一県民としても壊さずに県民の各種NPO運動のメッカとして活かされることに嬉しさを感じます。
30人ほどで2時間みっちり議論沸騰。テーマは今春からのこの県民運動の方向づけ。
既に担当委員で概要骨子は出来上がっていましたが、民主主義のルールに基づき活発な意見が出ました。1:環境、福祉、交通の従来からの基幹テーマは更に深化させ、合わせて県内各地に広めていく2:21世紀のトレンディーに即した運動のあり方を研究 3:市町村に大好き我が街運動を組織化していく などの方向が決まりました。
私も意見として、市町村に選任している1700人近いネットワーカーでインターネットスキルができるメンバーの掌握調査及び近い将来において、大好き茨城のHPを核として電脳のネットワークづくりを始める必要性を述べました。何人かの旧知のメンバーや県職員さんと意見交換できて楽しいひとときでした。
原子力幹部との酒
みちのくが始まる街からの通信 1:28
昨夜はライオンズクラブ主催の「原子を知る例会」に出てきました。
原子力研究所と原子力発電所の幹部をお呼びして、原子力の仕組みを学ぶ企画でしたが、一通り勉強した後はやはり臨界事故関連の質問が殺到し活気ある例会になりました。
終わった後、講師の二人と熱燗を傾けました。お二人は勿論、原子力の推進派。私はどちらかといえば慎重派、危なくない風力や波力、太陽エネをもっと研究開発すべきと思っている者。例会での質問もかなりきつい態度で「あなたがたは今回の事故はマニュアルを守らない不心得者(会社)の愚かさが招いたと言ってますが、仮に未明の作戦が成功しなかったらこうして生きていられないことになっていたかも。原子力は宇宙の不思議:神業を人為的に生み出すこと。無限に近い事故防止対策を取らない限り安全はない。安全性を我々に言うよりも危険を前提に話してもらいたい」と挑戦的に喋ってしまった。ちょっと強い口調で、と反省しながら杯をついであげました。飲みながら色々話しました。
今度の事故は、大内さんの死亡や何人かの重傷者を生む不幸ではありますが、せめてそのぐらいで済んで不幸中の幸いの面も、これをキッカケに原子力の仕組みを知ろうとする地域住民が増えたこと、などなど。
研究一筋で原子力に命をかけてきた50前後の研究所幹部氏はこんな感慨をもらしてました。
「大学を出て東海に来れたことは誇りでしたよ。里帰りしても親類縁者、地元の友人からはいつも羨ましがられてまあ鼻が高いといった感じ。それが今度の事故で一変しました。そんなとこにいないで田舎に帰ってこいと言う友人も出る始末。我が人生を全否定されたような寂しさがありますよ。でも原子力はやめませんよ。日本では30%の依存度になった原子力エネルギーを放擲できない。ああいう事故を起こさないための抜本策を打ち立てて、あわせてこれまで遅れていた事業所間の情報技術交換のネットワークを組んで安全な原子力を推進していきますよ」。
彼が胸を張って故郷に帰れる日はいつくるのだろうか。
心にしみる新聞記事
みちのくが始まる街からの通信 1:29
3日程続いた厳しい寒さで茨城北部を流れる久慈川にシガが流れたそうです。シガとは浅瀬の川面が凍ってシャーベット状の氷が流れる厳冬の奥久慈の風物詩。そういう私も実際は見たことありません。今朝の散歩でも、法然寺の天水釜が完璧に凍って上っても割れませんでした。スケートを思い出しました。私が子供の頃は冬の遊びはスケート一筋。住んでいた奥久慈:生瀬の大野川が全面氷結、学校から帰れば夕方まで滑っていました。
でも寒さも峠を越えて明日からは暖かくなるそうです。
昨日の朝日新聞に載っていた二人の人生は印象的でした。一人は後藤久美さんという耳の不自由な薬剤師。法律の欠格事項に当たるとして免許申請が却下されたが、彼女は「聴覚障害者が気軽に通える薬局があってもいい」と希望を捨てずに前向きに職能を活かした暖かい薬局の設立許可をもとめていく、という。政府も2003年までに検討を考え出したとか。
もう一人は秋田発:稲庭吉左エ門さん。先ごろ亡くなられたウドン職人。集中徹底した旨いウドンづくりはまさにプロ職人技。15代にわたって口伝されてきた技を亡くなる寸前まで守り育ててきた人生。病の苦痛を一言も漏らさず担当医師に精神力の強さで舌を巻かせた翁、51歳になる16代の息子さんの「父さんのやってきたこと無駄にはしないよ」の言葉を最後に息を引き取ったという。
心にしみる新聞記事でした。
喜び2題
みちのくが始まる街からの通信 1:30
風もなく穏やかな日和でした。支店がありますマックスバリューでは桂村から採れたての野菜即売会が行われ温かい味噌汁が無料サービス、駐車場満杯の盛況でした。常陸太田の買い物客の流れは今や、低地にあるこの新ショッピングゾーンが中心で、日曜日休みの本店があります高台:鯨が丘の旧商店街は日曜日は特に閑散としています。本支店間の移動に使う農道のような細い道が今や坂の上下を行き来する車の主要道、人や車の流れというのは施設や店舗の張り付けで僅かの間にコロっと変わってしまうんですね。恐ろしいばかりです。
今日の最高の喜びはインターネットで我が薬局を知った若い女性が数ヶ月前から漢方天然薬と赤茂伝を愛用してますが見えられまして「御蔭で妊娠したらしい。2月になったら産婦人科にいきます」と嬉しそう。幾つかの不定愁訴が2ヶ月程前から取れてきて健康状態が高まってますからいずれ良い結果が、と思ってましたが念願の赤ちゃんが無事に誕生を心からお祈りしています。
インターネットといえば、昨日は福島県の女性が美肌基本のオードムーゲ類を求めた検索で当薬局に到達、明日発送することに。先ほどのニュースでは、作家の小松左京氏もインターネット出版を始めたとか。時代はまさに大きく変貌に向かっていると感じます。
さて今日も超多忙でテンテコ舞の店頭業務でしたが、合間にコツコツと、悲願の作業に取り組みました。我がHPにリンクページを設けることです。
HPを開設してから大分経つのに他人様からリンクを張って戴いても返礼が出来ないもどかしさがありました。最近お近付きの方々(きんたろうさん、源さんら)より背中を押されてやっと5人分だけ実験的に成功しました。皆さん、有難うございました。そしてこれからも宜しく。
悲喜こもごもの一日
みちのくが始まる街からの通信 1:31
午後から強風が吹き荒れて再び寒さが戻りつつあります。寒暖を繰り返しながら早春を迎えるわけですね。
今日は色々なことがありました。まず、本店から支店に向かうAM10時直前、西通りの路上に親友のI社長がライトバンを停めて交通のお巡りさんと立ち話。きっと一時停止でも怠ったのかな、ぐらいで10時の支店開店に焦っていた私は止まらずに・・・。彼はマックスバリューにも靴の支店を出しています。気になって訪ねますと「実は車をきちんと駐車しなかったためか離れた隙に走り出し町工場に突っ込んじゃったんだ」。幸い人身事故にならずに済んだ。いやあ、不幸中の幸いです、私も偶にオートのDのままでサイドだけ引いて離れることあります、皆さん、極めて危険ですから注意しましょうね。
朝のメールチェックしましたら、リンク張った眼科医のN氏から「張り方に著作権法違反を疑われるトラブルあり」とご注意。確かに私のHPのメニューが出っ放しじゃないですか。これじゃ大変です。マニュアル本をめくる。どうもターゲットウインドウ設定をしなかったみたいだ。小一時間で無事に解決。いやあ、知らないというのは恐いことです。きっとこれからもたくさんのトラブルご迷惑があると思います。その都度ご指摘ご指南どうぞ宜しく願います。少しずつ成長前進するでしょう。
そんなこんな時にカミサンから電話。「今聞いたんだがライオンズの仲間の水戸のYさんが今朝病気で急死したそうです」。あんまり親しき仲ではありませんが、環境委員会で私が委員長、彼が副。暫く見えていないが元気かなと心配はしていましたが、お仕事などでご無理が重なっていたのかな、と推察、ご冥福を心からお祈り申し上げます。
悲喜こもごもの一日の中で、河合薫さんのHPを覗いて彼女の多忙な日々の心の一端をエッセーから垣間見ることができたのは楽しいひととき。彼女はTBS朝の5時前から一時間放送されている「いちばんエクスプレス」キャスターの一人の気象予報士。清原アナとの女性同士の軽妙なやりとりが楽しく、私は朝の食事を作ったりフローリングの掃除をしながら毎日見ています。今朝は例のハッカー事件にからんでのコメントで河合さんがページを持ってることを知りましてアクセスしました。
元国際線スチュワーデスからの転身、AM2時起床のキャスター生活の狭間での感性を素敵なエッセーでアップしてまして心和むHPです。近く本人の了解を得て私のリンク交差点に張らせて戴きます。皆様も是非一度テレビ&HPを覗いて下さいね。
あ、そうそう、昨夜は前にこの欄に書きました佐々木かをりさんをやはりTBS深夜CBSドキュメントで拝見しました。エレガントで聡明な感じの方でした。
就職難時代の若者へ一言
みちのくが始まる街からの通信 2:1
素晴らしい快晴の月初めでした。若干風は吹きましたが陽射しに早春の息吹が感じられました。
大勢の著名人も健康づくりのため愛用している滋養強壮剤:キョーレオピン。我が薬局でも店頭及び電脳にたくさんのお客様がおりますが、それを求めてお出でになられたTさん、娘さんが就職決定してちょっぴり嬉しそう。
東京の有名私大4年ですが30社を受験してやっとある大手醸造メーカーに決まったそうです。二次、三次試験までは行くそうなのですが最終的に自宅通勤でない、などの理由から落とされてしまうそうです。「きっと企業も経費節減で大変なのでしょう。でも本当に決って良かった」と安堵の表情。
大学は出たけれど、の時代は果たしていつまで続くのでしょうか。先ほどのニュースでは関東地方の有効求人倍率は0・46%と言ってました。
こういう時代の中で若者たちに言いたいことは、まず心と体の健康づくり、そして焦らずにじっくり自分を磨く為の読書、例えば自己の利益よりも他人の事を考えられる心を創る勉強をして欲しい、それから何か一つで良いからこれは自信が持てるというスキルを身につける努力を続けて欲しい、と思います。
そういう方を必ず社会が必要とする時代がすぐそこまで来ているような気がします。
今日一日をしっかりと地に足付けて頑張る生き方を望みます。これは自分にも当然言えることですが・・・。
明日は豆まき
みちのくが始まる街からの通信 2:2
いよいよ明日は節分、あさっては立春ですね。うちの娘、夕べ何を言い出すのかと思ったら、「パパ、今年は鬼は外じゃなくて鬼は内って言ったら」。何かテレビか何かでやったようで、その方が縁起が良いとか?訳が分からないことはしません、明日は大きな声で「鬼は外!福は内!」を言いましょう。でも最近はあんまり近所でこの声を聞かなくなっちゃったなあ、どういうことなんだろう。
早春はすぐそこです。ちょっと寝不足気味ですが頑張っていきましょう。
今日は所用で水戸市の新県庁に行ってきましたが、いやはや道路工事の多いこと多いこと。我が街中もこの前は何かで掘った道路を水道管の取り替え工事が始まり、それが終わると歩道工事になるという。公共工事という名の景気刺激策なのかもしれませんが、もっと効率的な工事方法を望みたいものですね。口が悪い言い方ですが馬鹿の一つ覚えのように景気浮揚が道路工事主流というのは戴けませんなあ。
嬉しいメールと悲しい旅立ち
みちのくが始まる街からの通信 2:3
今日も朝から色々なことがあった一日でした。
まずビックリしたのはメールが全く受信できない。2月に入って全然来ない。そんな馬鹿な・・・。テスト送信2回やったが駄目。そうかシリウス高速通信からKDDへの合併による現象だな、とピン。
でもおかしいな、7月までは共用併用のはずなのに・・・。電話すると受信だけは2月1日からサーバー変更になったとか。ダイレクトの書き方が分かりにくいよ、って一文句。でもすぐに設定直したら溜まってたメールがどっと押しかけてきましてその中に心待ちしてたものも一通。
それは、かの朝のニュース天気番組で毎日登場:河合薫さんからの返信。なんか嬉しいものですよね、有名なキャスターからのメールって・・・。明日から番組見る時の親しみがちょっと違うって感じかな。結構ミーハーなオジサンなんです、私って。
ライオンズ現役メンバーがまた一人亡くなりました。(1月31日記載)56歳の働き盛りを襲った急性心臓死。その葬儀に水戸市の斎場に行ってきました。彼との初対面は数年前、ライオンズに入られ私が委員長だったPR情報委員会に配属になった時。私よりちょっと年上でしたがきちんと背広を着こなし穏やかな話し振りに好感を持ちました。伸びゆく会社を経営し、クルーザーや猟を楽しむ、いわゆる猛烈に働いて遊ぶタイプの方だったようです。知り合った頃、滋養強壮剤を飲みはじめましたが、委員会も違ってこの所疎遠になっていました。昨年夏からまた、同じ委員会になって二人で正副委員長になったのでしたが、私の個人的事情から全く委員会を開けず、故にお会いすることもなくなってました。もし仮に昨年から再会してご体調や近況を話していたら、ひょっとして、なんて自分を責める感慨も起こってきます。会社の専務さんが述べた弔辞「走り続けて休みたいと思われたのかもしれません。社長を失い途方に暮れてますがゆっくり休んで下さい。そして時が経ったら私たちを迎えるためのお酒の準備をして下さい。いずれまた天国でお会いするまで頑張ります」にグッと来るものがありました。Yさん、どうぞ安らかに・・・。
みちのくの贈り物:手作りの鉱泉
みちのくが始まる街からの通信 2:4
昨日は節分、今日立春。毎日支店からの帰宅は9時過ぎですから、昨夜もお風呂に入り10時前の豆まき。ホントは天に響くほど大きな声でやりたいが、その時間帯では近所迷惑ですからチョッピリ小声で「福はうち、鬼はそと」。
立春の今日は暦通りに早春の風を感じました。
スタッフK子さんが私の留守に担当した皮膚アレルギーの年配男性Sさんがご来店。オードムーゲと軟膏をあげた方ですが大分経過が良いようです。K子さんも大分、判断と対応が成長したようで何より。ところでSさん、世間話の中で「敷地からラジウム鉱泉が出てる」なんておっしゃるんです。
聞いてみますと、宮城県南部から始まる阿武隈の山並みの最南端に位置する高台のお住まい、数年前、チョロチョロ湧き出る水を調べたらラジウム泉。家族だけで入ってるのでは勿体無いので8人入れるバスを作り、晴れた日には筑波の紫峰も望める座敷を開放、他人様にも薪で焚いた温泉浴をボランティアサービスしているということなんです。月に何組か、ビールやつまみを持ち込んで朝の10時から午後3時過ぎまで体の芯まで温める田舎の鉱泉遊びの方々がいるそうだ。休みが取れない私、中々行けそうもないが、みちのくが始まる街をアピールしている身としては、一度是非、奥深いみちのくの自然がプレゼントしてくれた鉱泉という名の恩恵に浴してみたいものです。新緑の頃、友達を誘って一度Sさん手作りの湯に伺うことにしましょう。
我が街の秘湯探訪
みちのくが始まる街からの通信 2:5
朝は冷え込みましたが太陽が昇ると早春の穏やかな日和に恵まれました。
家伝薬赤茂伝の原料攪拌が一段落つくと、そうだ、小一時間かけて昨日の最新情報高貫の秘湯を見に行ってみよう、と思っちゃいました。善は急げです。
グランドスラムカントリークラブを抜けて砂利の山道を登りました。一軒家がありました。迷っちゃ大変、ここで聞いてみよう。時々ご来店されるお客さんの家でした。「あれえ、何事よ、こんな山奥まで」。「ああ、そうけえ、ほらあそこに少し見える赤い屋根の家がそうだよ」と親切に教えてくれた好々爺。真弓山の山麓に当たるのだろう、杉や竹林の山道を数分、それらしき民家に着きました。Sさんが畑仕事をしてました。すぐに来てくれたからか満面笑み。早速、源泉に案内を・・・。
歩いて2、3分、鬱蒼と茂った木々をかき分けると、20センチ四方のコンクリ筒が・・・。蓋を開けてくれた。硫黄と鉄分なのか、黄色い沈殿物が固まり正に源泉の風情、「下は澄んでるでしょう」とSさん、手を入れてみると幾分温かみを感じる水だ。
いつ頃発見したの?「3代前の爺さんが。金山掘りの専門家として埼玉からここに移住、見つけたらしい」。阿武隈、八溝山系は昔から金銀銅など鉱石を産する山で、佐竹時代は大々的に金山開発をしたらしい。金砂郷、金郷、西金など金にちなむ地名も多く、著名なところでは、世界に名高い日立製作所の事業の出発はこの地での銅山開発だった。我が知人の奥久慈に住むN氏は著書の中で、「私たち茨城県北人は宝石の山の上で暮しているのです。もっとその自然の恩恵に感謝をし、自信を持ちましょう」なんて書いてますよ。
宮城南部から福島、そして我が街で太平洋に入る阿武隈山地は湯本(いわき市)や袋田(茨城県大子町)などちょっと有名な温泉を生み出してます。Sさんは、「調べてみたら母畑(福島県石川町)温泉の成分と似ているらしい。繋がってるのだと思います」と得意げ・・・。
商売にしている訳でなく、ボランティアだから湯船、休憩広間はお世辞にも立派なものとは言いがたい。しかし、時折訪れる鉱泉好きは「いつまでも湯冷めしないお湯だなあ」と絶賛だそうです。
そしてSさん宅からの眺めがなるほど良いですわ、素朴な田園風景の遠方に微かに筑波の紫峰が望め、ちょっと歩くと日光那須連山が見える場所もありました。まあ、そのうちに一度はこの鉱泉で暖まってみましょう。
花粉症の敵はストレス
みちのくが始まる街からの通信 2:6
私の起床時の癖は数分間、腕や足を揉むこと。血流が良くなる。昨年112歳で亡くなった石崎伝蔵翁から10年以上前に教えて戴きました。男性で日本最高齢でした。まあ、完璧な食生活を実践された翁の真似はできませんが100歳は生きてみたい目標年齢ですね。そう考えると、まだ人生の半分近くが残っているわけだ。ゆっくり楽しんで生きましょう。
癖のもう一つは、掃除を終えて敷地の氏神様にお水をあげた後、相撲の四股のマネゴト。貴ノ花のように上がらないが足が大きくゆっくり上がった日は快調だ。相撲といえば、今週の11日は小結で大活躍した雅山の祝賀会、楽しみです。
杉花粉症の患者さんがポツポツ出てきました。アレルギーは上手に付き合えばけして恐くありません。ただ症状を押さえつけたいためにステロイド剤のストロングなものを長期服用しますと、寿命を縮める恐ろしい危険がありますよ、80、90まで生きる命を40、50台で終えてしまうことだってあるんです、とアレルギーと両刃の剣のステロイドの話をさせて戴いてます。数年前はあまり知らなかったけど、近年は健康番組や雑誌情報の多さからステロイドの危険、わかってる方が増えました。良いことです。私も高校生の時から杉花粉症ですが、この10年以上はさほどひどくありません。
毎晩のように酒をのみ水分過剰なのですからひどくなってもいいんですが、免疫力を調節する天然薬を愛用してますし、何しろストレスを溜めない精神心理術が奏効しているものと考えています。
ストレスは最も体に悪いハザードですよ、皆さん。
案内人の不養生
みちのくが始まる街からの通信 2:7
健康を売っている仕事人でも健康を害することはしばしばです。何故なら「人間は必ず年を取る存在であり、不摂生をする動物であり、遺伝や様々な食品環境公害から避けられない」からです。(と粋がってます)
私も父親が高血圧症であったから40代までは全く正常でむしろ低いぐらいの血圧が、50歳の声を聞くころから急に上がりだし、「へーっ」と驚くような数値があることが多くなった。遺伝因子に酒量の多さなどがプラスしたいわゆる本態性高血圧です。
漢方の釣藤散を時折飲みましたが思うような成果が出ず、いずれ近い内に西洋医学的降圧剤を、と考えていましたが、日常生活に何の障害もないため病院に行くのが延び延びになっていました。今日は思い切って午後の数時間を使って市内の知人のドクターを訪ねました。自慢じゃないが健康診断も何年も受けたことなく、暫くぶりにレントゲン写真、検尿、血液検査、初の心電図をとって戴きました。血圧ははっきり言って高かったですが、尿は奇麗、心電図も異常なし、カルシウム拮抗剤の降圧剤14日分が処方され、日本酒は一合まで、で了解しました。さあ、今夜から深酒は極力セーブしましょう。まだあと20年は現役の健康づくり案内人をやっていたいですから・・・。
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